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デジタルテクノロジー

日本企業におけるリスキリングの現在~デジタル優位の中で不足する変革人材をどう育てるか~

2020年前後、社会の変化を背景に「リスキリング」が経済産業省や各企業で語られるようになりました。デジタルを前提とした社会で必然的に変化が必要となった現在、リスキリングの内容・意味合いが「単なるデジタル化」から「変革そのもの」へ変化しています。国内企業の事例も交えて解説します。

リスキリングの現在地

「リスキリング」という言葉が日本のビジネス界で注目されるようになったのは、ここ数年のことです。特に新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、テレワークやオンライン化、DXが一気に進行し、企業が持続的に成長するためには人材の変革が不可欠であるという認識が高まりました。そのなかでリスキリングは、単なる技術教育ではなく、企業の文化や人材像そのものを変える取り組みとして語られるようになってきています。

しかし、日本企業におけるリスキリングの実態を見渡すと、課題も多く見受けられます。

変革人材の不足は企業の競争力を低下させる

トヨタ自動車のように、生産やエンジニアリングの現場にデジタルスキルやAI活用などの最先端技術を学ばせるプログラムを導入している企業もあります。こうした動きは、既存の技術的素地を活かしながら、より高度なIT人材へと進化させるアプローチとして機能しています。

一方で、より広い範囲に目を向けると、多くの日本企業では「変革人材」の不足が深刻です。

これまでの日本型雇用システムは、年功序列や終身雇用、職能型の人事制度によって、組織の中で与えられた業務を忠実に遂行する人材(業績人材)を長年育成してきました。それは、顧客の要望に応え、製品やサービスを安定的に提供するという面では大きな強みを発揮してきました。

ですが、変化が激しく、予測困難な時代においては、そのような業績人材だけでは企業の競争力は維持できません。2020年前後の当初のリスキリングでは、従来型の業績人材へのデジタルツールのスキル獲得などITリテラシー向上からスタートしましたが、ツールが使えるだけでは変化は起きません。

必要なのは、市場の変化を感じ取り、顧客のニーズを先回りして提案し、新しい市場を創り出すことのできる「変革人材」です。欧米ではこうした人材がビジネスの中心に据えられてきましたが、日本では育成の土壌が十分ではありませんでした。

国内各社の事例:リスキリングへの再注目

こうした背景のなかで、「リスキリング」が注目されているのは当然の流れとも言えます。単なるスキルの更新ではなく、既存の業務や価値観を根本から見直し、個々の社員がビジネスを再定義する力を養うための投資として位置づけられています。

たとえば、日立製作所では社内のキャリア形成支援を通じて、部門を超えた異動や越境学習を促進しています。
デジタル人材を育成する新会社「日立アカデミー」を設立し、DX推進のための教育カリキュラムを実施しています。https://www.hitachi-ac.co.jp/company/

富士通は全社員向けにデジタル基礎教育を展開し、社員一人ひとりが「デジタル変革の担い手」となることを期待しています。最近では、UiPath自動化を学ぶ社内向け教育コンテンツを制作し、全社員のデジタルスキル向上を目指しています。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000048629.html

KDDIはDX人材を育成する社内大学「KDDI DX University」を設立し、必要な知識・スキルを体系立てて学べる研修コンテンツを提供しています。https://career.kddi.com/andkddi/category/culture/21101403.html

また、これらの取り組みは「ジョブ型雇用」への移行と密接に関係しています。これまでのメンバーシップ型雇用では、どのようなスキルを持っているかよりも、どの部署に属しているかが重視されてきました。しかし今後は、職務に応じたスキルと成果が評価される働き方が主流になります。リスキリングはその前提となる「スキルの可視化」と「学習の継続性」を支える重要な要素となります。

さらに、変革人材はジョブ型雇用が最適な理由は、ひとつの企業内での経験では変革人材のキャリアを築きにくいことも挙げられます。LTSでは「デジタルスキル標準」で定義された変革を担うビジネス側の人材「ビジネスアーキテクト」について経済産業省の検討にも参加し、今後の変革人材像について提言しています。https://lt-s.jp/news/newsrelease/2025-05-23

リスキリング・変革人材育成が日本企業を進化させる

一方で、リスキリングにはいくつかの課題もあります。第一に、学びのモチベーションをいかに維持するかという点です。特に中堅層以上では、業務が忙しいなかで新たなスキルを学ぶことに抵抗感がある場合も多く見られます。第二に、企業側がリスキリングの成果をどう評価し、業務やキャリアに反映させるかが問われています。単に研修を提供するだけではなく、学んだことを活かせる実践の場やキャリアパスの提示が必要です。

そして最後に、リスキリングが一過性の「流行語」で終わらないためには、経営層の強いコミットメントが不可欠です。リスキリングは人事部門だけの施策ではなく、企業戦略そのものであり、経営の中核に据えられるべきです。

これからの日本企業がグローバル競争を勝ち抜き、持続的な価値創出を行うためには、単なるテクノロジー導入ではなく、それを活かす「変革人材」の育成こそが鍵となります。リスキリングは、そのための最初の一歩です。社員一人ひとりが自らの可能性に目を向け、企業がそれを支える仕組みを築くことができれば、日本の組織はもう一段階上の進化を遂げることができるでしょう。