私は2022年3月にScrum Alliance®が認定する「認定スクラムマスター(Certified Scrum Master;CSM)」の資格を取得しました。アジャイル開発の手法「スクラム」のロールの一つである「スクラムマスター」の認定資格です。
今回、この資格の上位資格にあたる「アドバンスド認定スクラムマスター」の資格を取得しました。「認定スクラムマスター」資格との違いや、受講した研修の紹介、そこで学んだ内容を共有したいと思います。
この記事は、アジャイル開発スクラムの運営に課題がある人、スクラムマスターとしてレベルアップしたい人、などにおすすめです。
自動車部品メーカーにて、グローバルで統一された品質管理の仕組みの構築・定着化を支援。産休・育休を経て、CLOVER Lightの立ち上げ、記事の企画・執筆を務める。現在、社内システム開発PJに携わりながら、アジャイル開発スクラムを勉強中。Scrum Alliance認定スクラムマスター(CSM)、アドバンスド認定スクラムマスター(A-CSM)、Outsystems Delivery Specialist保有。(2023年12月時点)
スクラムマスターとしての経験
先日、「スクラムマスターが実際のプロジェクトで学んだこと」という記事を書きました。
スクラムマスターの資格を取得してから、LTS社内のローコードツールとアジャイル開発スクラムの手法を活用したプロジェクトに参画しましたが、実際にやってみるとうまくいかないことも多くあります。Agile Japanなどいくつかのカンファレンスや勉強会に参加する中で、同じような課題に直面した方のお話も見聞きします。
これらの課題に対してヒントを得られる場が無いか調べてみると、スクラムマスターの資格にも階層があることを知りました。
スクラムのロールにおける資格の構成
スクラムの実践に役に立つ認定資格には主に3つの団体が認定している資格があります。
- Scrum Alliance®
2001年に設立された非営利団体で、認定資格を所有している人も世界中で140万人以上もいるそうです。Global Scrum Gatheringと呼ばれる大規模イベントを世界各国で開催しています。 - Scrum Inc.
2006年にスクラムの共同創案者であるジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)氏がアメリカで設立した企業で、マサチューセッツ州ボストン(米国)に拠点を置いています。この団体が主催するトレーニングは英語版のみです。 - Scrum.org
2009年にスクラムの共同創案者であるケン・シュエイバー(Ken Schwaber)氏がアメリカで設立した企業で、2019年には日本法人「Scrum Inc. Japan株式会社」を設立しています。
今回はScrum Alliance®が認定する資格の構成についてご紹介します。
認定資格はスクラムのロールごとに、入門レベルである認定スクラムマスター(Certified ScrumMaster®:CSM®)、認定スクラムプロダクトオーナー(Certified Scrum Product Owner®:CSPO® )、認定スクラムデベロッパー(Certified Scrum Developer®:CSD®)から始まります。これらの資格ではアジャイル開発やスクラムに関する基礎的な知識や、各ロールの理解が必要な水準に達していることが求められます。
さらに、その上級、最上級コースである上位資格も設けられています。例えば、スクラムマスターの場合はAdvanced Certified ScrumMaster(A-CSM®)、Certified Scrum Professional®-ScrumMaster(CSP®-SM)で、下位資格の取得に加え実務経験、研修の受講が求められます。
最終的な認定資格は、認定チームコーチ(Certified Team Coach®:CTC)、認定エンタープライズコーチ(Certified Enterprise Coach℠:CEC)、認定スクラムトレーナー(Certified Scrum Trainer®:CST®)があり、いずれもアジャイルの原則とスクラムのフレームワークについて、コーチやトレーナーとしてのレベルが求められます。
わたしが取得したのはAdvanced Certified ScrumMaster(A-CSM®)で、認定のためには主に下記3つの要件を満たしている必要がありました。
- 認定スクラムマスター(Certified ScrumMaster®:CSM®)の資格を持っている
- 過去5年以内にスクラム マスターの責任に特化した少なくとも 12か月の実務経験がある
- Scrum Alliance®が認定する研修の受講
実務で活用できる研修内容
認定資格取得のために受講した研修には、アジャイル開発スクラムについて一定の知識があることを前提に、実際の実務で活用できそうな内容が多く含まれていました。
例えば、1998年に野中郁次郎氏と紺野登氏が発表した「場」の概念です。論文内ではワーキンググループをはじめとする企業の文化を、暗黙知と形式知の観点から構築することが説明されています。これについて講師の方は、スクラムチームが心理的安全性を構築するためのヒントとして実際のエピソードを交えて解説してくださいました。
また、スクラムチームの障壁となる意思決定のスピードについての内容もありました。これまではピラミッド構造で情報、権限、お金がトップに集約されていましたが、昨今IT技術が発展したことで組織全体の情報共有は容易になり権限やお金が分散される組織構造となりました。このような変化がスクラム組織の形成を後押ししているというお話もありました。
さらに、同じくスクラムチームの障壁となるさまざまな事柄の依存関係を4つに分類し、その影響を排除または軽減するためにできることについて議論しました。
- 要件の依存関係:チームが機能要件を理解できておらず、かつ必要な情報提供者がその情報をタイムリーに提供できない場合
- 外部作業の依存関係:外部の作業が完了するまで、次の作業を進めることができない場合
- 専門知識の依存関係:何かを行うために特定のノウハウを持つ人の支援が必要な場合
- ビジネスプロセスの依存関係:承認者コンプライアンスレビューなど、一部の既存のビジネスプロセスがチームの作業の完了に影響を与える場合
クロスファンクショナルなチーム編成にすることや、依存先のチームメンバをスクラムに入れる、または依存先のスクラムに参加することなどの解決案が挙がりました。
印象に残っている参加者の課題認識
ここからは印象に残っている実際の研修での議論や講師の方のアドバイスを共有します。
営業プロセスをスクラムベースに
ひとつめは「営業の組織に所属し自社内の営業業務プロセスをスクラムに変えるチャレンジをしているがなかなか賛同が得られない…このように新しい取り組みや変革に向けてヒントはあるか?」という参加者からの質問に対しての議論です。
昨今、営業プロセスに限らず人事やマーケティングなど様々な領域でスクラムを適用している事例は増えているとのことでした。一方でその変革には周囲の賛同も必要で、そのためにできることは何か?各チームで議論をしました。成功事例を共有する、ビジネスプロセスが良い方向に変わっていることを示す、経営層に対しては具体的で定量化可能なメトリクスを合意する、などの意見がありました。
また「完全なスクラムでなくても適用できる小さな要素を少しずつ増やしていくのが良いのでは」という意見もありました。確かに、まずはチームのタスク管理をスクラムで進めてみる(1週間ごとにタスクの進捗共有をする、朝会/夕会をする、など)ことは、特に取り組みの初期においては有効かもしれないと感じました。
失敗を恐れない環境づくりのためにできること
ふたつめは、自己組織化されているチームについての解説です。自己組織化とは外部からの制御なしに秩序状態が自律的に形成されることを言い、これは物理学、化学、生物学、情報科学など広くに用いられる概念です。外部からの制御が無いと組織は必要なものを自律的かつ継続的に取得していくようになり、スクラムで言うと、スプリントの中でマネージャーなどの干渉なしに「誰が何をどのように作るのか」を自分たちで決定できるチームになります。
一方でチームの自己組織化を目指す中で、自律的なチームを作ろうとすると組織の評価制度を気にしてしまい、メンバーが失敗を恐れてしまうこともあるとのことでした。これについては「各組織の文化や制度が複雑に絡んでいるため一概には解決策を提示できないが、失敗にフォーカスするのではなくチームが追っているゴールや改善すべきビジネスに対してどうだったかに重点を置くように意識を向ける手助けはできる」とのことでした。
組織の文化や制度は劇的に変えられるものではないので、足元の活動を続けていく中で周囲の人を巻き込み少しずつ変革していく、そのために必要な制度やシステムをチームが積極的に提案することができるといいのだろうか…とも思いました。
POの関わり方に課題を感じている
みっつめは、多くの参加者からPOの関わり方について課題があるとの声が上がったことです。例えば、スクラムチームメンバーのうちPOだけが顧客であり巻き込むのに障壁が多い、代理POを立てているが本来はビジネスに詳しい人に担ってほしい、POのスクラムへのマインドセットを変えるためにできることはあるか、などです。
これについて、対顧客の場合は契約内容や予算の問題もあるが、基本的には協力してもらえるようにありとあらゆる手を尽くしてみよう!とのことでした。例えば、POの興味関心はどこにあるのか?PO自身は取り組みに対してどう考えているのか?また、チームに対してどう考えているのか?…。これらを理解したうえで、POをエキサイトさせるためにできることを考え実行することがスクラムマスターのコアコンピテンシーのひとつだそうです。
資格取得を通して「実際の運用で困っていること」にヒントが得られる
研修初日に「認定スクラムマスター(CSM®)はゲームの説明書(概要)、アドバンスドスクラムマスター(A-CSM®)はゲームの攻略本のようなもの。立ちはだかる困難を想定し、困難に直面した時の対処法や乗り越え方を考えていこう」というお話がありました。
確かに、実際にスクラムマスターとしてプロジェクトを推進していく中で感じた課題について、資格取得を通して同じ受講者の方々や講師の方と意見交換をし、たくさんのヒントを得ることができました。スクラム運営のやり方に迷い・課題がある方、実際の課題について他の人の意見も聞いてみたいという方、スクラムマスターとしてレベルアップしたいという方は、ぜひ研修受講を検討してみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。