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日本と欧米の歴史・雇用制度から見た基幹システム ~なぜERPは日本企業になじまなかったのか?歴史と文化から読み解くシステム思想の違い~

1990年代以降、日本企業の多くが欧米製ERP(Enterprise Resource Planning)システムの導入に挑戦してきました。しかし、当初の期待とは裏腹に、導入の失敗や定着しない現場の反発、過剰なカスタマイズによるシステムの複雑化が各所で発生し、ERPが日本企業に“なじまない”という印象が定着しました。
この違和感の本質は、単なる「文化の違い」では説明できません。日本と欧米では、歴史的背景や雇用制度、企業運営の価値観そのものが異なり、それが企業の業務設計の根本思想に現れています。さらに、日本企業が“人を中心に回る組織”であることが、ERPの全体最適思想とときに強く衝突することが、ガバナンス不全や不祥事の温床にもなってきました。
本稿では、なぜERPが日本企業に根付きにくいのか、その背景を日本の歴史や雇用制度から掘り下げ、今後の理想的な基幹システムのあり方を展望します。

「人」を前提とした日本の業務システム

1980年代以降、日本企業では、販売・購買・在庫・経理など業務部門ごとにシステム化が進みましたが、その多くは現場の担当者が日々行っている業務をそのままシステム化するという「現場準拠」の思想で設計されてきました。業務プロセスを根本から見直すような「業務改革型」のアプローチは少なく、むしろ現場のやり方に合わせてシステムが構築されていく傾向が強かったのです。

これは日本企業の人事制度と深く関係しています。新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった制度のもとで、社員は時間をかけて社内の文化や人間関係を学び、将来的に管理職へと昇進していくことが当然視されてきました。そのため、業務プロセスは「この人がやるならこう」「あの部長の判断が必要」など、特定の人物に依存する形になりやすく、それを支える業務システムも、個人や組織ごとの“流儀”を踏襲するものとなっていきました。

ERPは「人」を想定しない業務設計

対して、欧米製ERPはまったく異なる思想に基づいています。ERPは企業全体のリソースを統合的に管理・最適化することを目的としており、その設計思想は徹底して「プロセス中心」「業務の全体最適化」にあります。

購買とはこうあるべき、販売はこう処理されるべきという明確な業務フローがあり、それに合わせて企業の運用を変えていくことがERP導入の前提です。業務の担い手である個人が誰であるかは、業務設計において一切考慮されません。あくまで、各機能が分離され、明確な責任範囲とジョブディスクリプションに基づいて役割が割り当てられ、それぞれが標準化されたプロセスに従って動くことが求められます。

このようなERPの思想は、職務内容を明確に規定し、契約によって社員を雇用するジョブ型雇用を前提とした欧米企業にはフィットしやすいものです。しかし、全体最適と機能分離を重視するERPのアーキテクチャは、日本企業のような「人に仕事がつく」組織ではなじみにくいのです。

「人が回している」ことでガバナンスが崩れる

日本企業では「人がシステムの一部」になってしまうことが多く、ERPのような厳格な役割分担や職務分離が想定されていないケースが少なくありません。結果として、発注と購買が同じ人物であったり、自分が起案した稟議書を自分で承認してしまうなど、ガバナンスが機能しない状態が生まれやすくなっています。

たとえば、過去には大手メーカーで、長年同じ担当者が仕入先選定から発注、検収、支払いまで一貫して担当していた結果、不正な取引が長期間にわたり発覚しなかったという事例があります。別の事例では、経費申請・承認フローが明確でない企業において、特定の人物が架空取引によって数千万円の不正支出を行っていたことが明るみに出ました。いずれも「人が信頼できるから」という理由でプロセスの設計を曖昧にし、ガバナンスが崩壊していたケースです。

ERPの導入がうまくいかないのは、こうした“人任せの業務”が前提となっている企業文化にあります。ERPは「人は信頼する対象ではなく、管理されるべきプロセス要素」であるという思想のもとに作られているため、プロセスの明確化や役割の分離が徹底されていない組織に導入しても、無理に合わせようとするほど歪みが生じます。

世界一の老舗企業数が示す、日本企業のもう一つの側面

ただし、日本企業の人中心の運営には、否定できない価値も存在します。実は、日本は世界で最も「創業100年を超える企業」が多い国です。京都の老舗をはじめとする企業の中には、300年、500年、さらには1000年を超えて存続している例もあります。こうした企業に共通しているのは、単なる利益追求だけではない、一貫した企業理念や精神、そして地域や社員と長期的な関係性を築く姿勢です。

これは、ERP的な機能合理性や、トップダウンで従業員を「役割」として割り当てるマネジメント思想とは対照的です。従業員を“人材”ではなく“人的資源”として捉え、必要なときに雇い、不要になれば解雇する――こうしたドライな雇用慣行が当たり前の社会では、長期的な信頼や持続可能性を前提とした企業文化は根付きにくいでしょう。

日本企業が持つ「人に根ざした経営」の価値は、短期的な効率性では測れない強さを持っています。たとえば、老舗旅館における顧客への細やかな配慮、町工場における匠の技、あるいは中堅製造業が長年蓄積してきた品質管理のノウハウなどは、単なる業務プロセスの標準化では実現できない“人の力”によって支えられています。

変わりゆく雇用制度、求められる新しいIT設計思想

もっとも、こうした日本型経営にも変化の兆しが見えています。富士通をはじめとする大企業が新卒一括採用をやめ、ジョブ型雇用に移行する動きが始まっています。大学で学んだ専門性に応じてキャリアを築くという、欧米的な雇用観が徐々に日本にも浸透しはじめているのです。

この流れが進めば、職種別の役割分担に基づくERPの導入も容易になっていくでしょう。販売・購買・在庫・財務といった業務を、プロセスベースで設計し、システムに落とし込んでいくという「業務最適化」の思想が、これまで以上に重要になります。

ハイブリッドな未来へ:人中心とシステム中心の融合

ただし、日本型のすべてを切り捨てて欧米型に置き換えればよい、というわけではありません。むしろ、ERP的な合理性と、日本型の現場力・継承性・理念経営をどう両立させるかが、これからの課題です。

現場の判断や顧客対応における柔軟性は、日本企業の強みです。それを担保するためには、ERPの導入で全体最適を図り企業全体の変革を実現し、現場レベルではアジャイル開発やローコード・ノーコードといった手段を使って、自律的に業務改善を進められる仕組みが必要です。

企業の中核機能(販売・会計・在庫管理など)はERPで標準化・自動化しつつ、業務のフロントエンドでは現場に権限を残すハイブリッドなITアーキテクチャを構築するなど、各企業に最適な対応が求められます。

これからの日本企業には、100年続く企業の精神と、グローバルで通用する業務標準化の知恵、その両方を融合する力が求められています。

日本企業が歩んできた歴史と、欧米企業が築いてきた経営思想は、どちらも一長一短です。ERPという欧米発の仕組みをただ輸入するのではなく、それが成立する背景を理解し、自社の文化や制度とのギャップをどう埋めるかを考えることが、真の意味での「デジタル時代の企業経営」ではないでしょうか。