2025年現在、生成AIやAIエージェントという新たなテクノロジーが登場し、多くの企業が調査や業務適用の検討を開始しています。生成AIやAIエージェントは我々の仕事に革新をもたらすテクノロジーなのか、あるいは一時的な盛り上がりに過ぎず、数年後に下火になるのか、革新をもたらす場合それらはいつ起こるのか、その答えは誰にも分かりません。
しかし企業にとって、こういった新たなテクノロジーの登場は、今回が初めてではありません。約10年前、多くの企業が同じような期待と不安を抱えながら、RPAという技術と向き合っていました。ここでは、RPAの歴史を振り返りながら、生成AI・AIエージェント導入を成功に導くための示唆を探っていきます。
RPAの歴史を振り返る

新たなテクノロジーに対する企業の反応と浸透は類似する点も多く、歴史から学べる点も多い
黎明期(2016-2017年):RPA元年
2016年、日本は「RPA元年」を迎えました。2017年の総務省調査では、14.1%の企業が「導入済み」・6.3%が「導入中」・19.1%が「導入を検討中」で、約40%の企業がRPAへの興味を示していたことが分かります。ただ黎明期ならではの課題や、現場からの冷ややかな声に苦闘する時期でもありました。
①認知度の低さ:「RPAって何?」という基本的な理解の欠如
②適用業務の不明瞭さ:どんな業務に適しているのか分からない
③人材不足:開発できる人がいない
現場からの声
「業務で忙しいのに、RPAを勉強する時間なんてない」
「私の仕事はそんなに単純じゃない」
「自動化で工数削減?そのための時間が取れない」
こうした中、導入に成功した企業・失敗した企業の事例も徐々に登場するようになり、成功ケースと失敗ケースの相違点、そして成功に導く要因が顕在化してきました。
×失敗例
製造業A社は、いきなり複雑な生産計画立案を自動化しようとして挫折。結果、RPA=使えないツールというレッテルが社内に定着。
〇成功例
ある金融機関では、請求書処理業務から始めて、3ヶ月で処理時間を80%削減。その成功体験が全社展開の原動力に。
・「お困りごとヒアリング」から始まり、主幹部署が「まずはこちらでやってみます」というアプローチ
・小さな成功体験を積み重ね、社内マーケティングで徐々に浸透
成長期(2018-2019年):普及と新たな課題
ただしRPA事例が増えるにつれて、新たな問題が浮上してくるようになり、セキュリティ問題や評価制度、RPA開発者のキャリアパス等の見直しを余儀なくされました。RPA開発が浸透するにつれ、その検討範囲はツール単体から、IT全般や人事評価にも派生していったのです。
①ロボット作りの目的化:本来の業務改善を忘れた開発競争
②野良ロボット問題:管理されない類似ロボットの乱立
③メンテナンスの複雑化:更新・保守の負担増大
成熟期(2020年以降):学びと進化
成熟期では、これまでのRPA導入を通じて得られた「学び」を振り返るフェーズに入ります。
1. 自動化の真の価値
・単なる工数削減を超えた、業務改善・高度化へのヒント
・属人化業務の可視化と継続性の担保
2. 現場主導の重要性
・プロ開発と市民開発の最適なバランス
・業務を最も理解している人が主導することの価値
3. 業務ありきの思考
・RPAありきではなく、まず業務の標準化と削減を検討
・適切な技術選択の重要性
4. トップメッセージの必要性
・経営層の明確なコミットメントが成功の鍵

RPAとの比較で考えるAIエージェント
ここまでRPAの歴史を振り返りましたが、”RPA”ではなく、”生成AI”に置き換えてもほぼ同じような問題が起こっているはずです。RPAの歴史からAIエージェント導入のヒントを掴み、今後のAIエージェント界の行方を変えることもできるのではないでしょうか。
ただRPAとAIエージェントの間では、機能的な相違や企業側の環境変化もあるため、そのような部分も加味したうえで、学びを得なくてはなりません。

機能的な違い
まずはRPAの技術的制約を整理していきます。
業務を整理し、ロボットが実行できる形に落とし込むには、専門的な訓練と経験が必要(業務分析スキル)
②ルールベースの限界
事前に定義されたルールでしか動作できず、例外処理や判断が必要な業務には対応困難
③保守・管理の負担
UIの変更やシステムアップグレードのたびに、ロボットの修正が必要となり、保守コストが拡大
結果として、RPAはこれらの下記3点の用途に収束していきました。
・大規模な量を抱える業務プロセスへの適用
・システム更改までの繋ぎとしての利用
・小規模なルールベース業務への適用
一方でAIエージェントには「自然言語処理」能力があり、RPAでは制約されていた以下の動作が可能になっています。
②文脈理解と柔軟な対応が可能
③非定型業務への適用可能性
ただしAIエージェントの「自然言語処理」能力を有効活用するには、開発者には従来以上に「言語化能力」が求められます。AIエージェントは大規模言語モデルであるがゆえに、人間が当たり前に理解している「文脈」を読み取ることができない、つまり「空気を読むこと」ができないからです。
ここで「文脈」がどのくらい我々の認識に影響を与えているのか、を示す「メラビアンの法則」を挙げます。以下からも分かる通り、私たちのコミュニケーションの93%は非言語的な要素に依存しています。AIエージェントを活用するには、この暗黙知を言語化する能力が不可欠なのです。
– 言語情報:7%
– 聴覚情報:38%
– 視覚情報:55%
受入組織の環境・能力の違い
一方で、テクノロジーを受け入れる我々の環境も、RPA登場期と比較して変化しています。
業務・IT環境の変化
・データ化の進展:紙からデジタルデータの増加
・SaaSの普及:API連携の容易化
・非定型業務の残存:RPA導入を経て、真に人間的な判断が必要な業務が明確化
テクノロジー受容性の飛躍的成長
・ビッグデータ、IoT、DXという概念が定着
・多くの企業が成功と失敗を経験(失敗に対する捉え方も変化しつつある)
・デジタルへの抵抗感が大幅に減少
デジタル人材の成長
・意思決定者がPoC経験を蓄積
・業務プロセス分析の専門家が増加
・アジャイル型プロジェクトマネジメントの普及

歴史から学ぶ成功への道
RPAの歴史を振り返ると、現在の生成AI・AIエージェント導入で直面している課題と驚くほど重なります。
そして生成AIやAIエージェントに関する様々な成功・失敗ケースはこれから多く登場していくでしょう。その準備として、RPAに導入に関するノウハウや成功失敗例を多くの書籍・歴史から参照し、RPA⇒AIに置き換えて考えることで、今に活かせる学びも多いと思います。また、RPAは10年程前の取り組みであるため、社内にもプロジェクト経験者がいるということも、利点になるでしょう。
一方で、「違い」も認識しおくことが重要です。AIエージェントは従来RPAと比較して機能的な変化も多々あり、従来のRPAでは越えられなかった「自動化の壁」を越える可能性を秘めています。また、それを活用する業務・IT環境・DX人材・企業文化の成長も大きいです。
日々、変化するテクノロジーや新たに登場するソリューションの情報・事例を取集することは重要ですが、歴史を振り返ることも、テクノロジーを活用する主体としては同じくらい重要であり、示唆が得られると考えられます。
