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相手の不安を感じ取る瞬間 ビジネスシーンで使える行動心理学②

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2018年2月に掲載されたものを移設したものです。

こんにちは、LTSコンサルタントの大山あゆみです。前回の「ビジネスシーンで使える心理学 第1回:身近な行動の観察」では、身近な行動心理について解説をしました。

本題に入る前に、行動心理学について基本的な前提を補足します。行動心理学は目に見えない人間の「心」を科学的実験で明らかにしようと試みる比較的新しい学問です。「仮説→実験→検証」の流れを何回も繰り返し、1つの論理を組み立てます。

例えば「貧乏ゆすりをするのは、怒りを抑えている証」という仮説を立てます。この仮説を行動心理学的に実証するには、多数の人を対象とした人間の行動観察を実施します。実際に怒りを抑えているときの振る舞いやしぐさに着目し、本当に貧乏ゆすりをするのかどうかを検証します。この検証で、怒りを抑えているときに貧乏ゆすりをする人が全体の大多数だった場合、この仮説が人間の一般的行動として成り立つ、と考えます。

ここで注意しなければならないことは、行動心理学の実験は「個人」を対象にするのではなく数百~数千人規模を対象に実施するなど、あくまで人間の一般的傾向を強く意識した手法を用いているということです。そのため、個人の状況や癖にはあてはまりませんが、多くの人に該当する心理的傾向や特性が分かり、人間の行動から心を読むときにとても大きなヒントとなります。

第2回の今回は、実際にわたしがプロジェクトの中で経験をした、「お客様の不安」を感じ取る瞬間について解説していきたいと思います。

LTSのコンサルタントは、プロジェクトの現場で様々な方と手を取り合って日々奮闘しています。お客様とコミュニケーションを取る際、相手の不安や心配事を汲み取りそれにうまく対応できるかどうかは、プロジェクトの進行具合を左右するだけでなく、お客様との関係にも影響を及ぼします。いち早く相手の変化に気づくことができるよう、2つのケースを紹介しますので、参考になればと思います。

テーブルの上の文房具や資料の位置

打合せの中で今後の活動方針をご提案する際に、わたしはお客様のあるしぐさに気が付きました。お客様は我々の話に耳を傾けている様子でしたが、突然、端にあった資料や文房具を(お客様の)正面に置き始めました。まるでお客様と我々の間に壁ができているようでした。

行動心理学において「自分の正面に障害物(物など)を置く」しぐさは、不安や緊張を象徴しています。例えば、喫茶店でお茶を飲んでいるときやレストランで食事をとるとき、向かい合った相手との間にミルクや砂糖の入れ物、カトラリーケースがある場合、あなたはどうしますか。端によけますか、向かい合った相手との間に置いたままにしますか。

この障害物(物)の位置で、あなたの心の中は以下のように推測されます。

【障害物(物)は端の方によける】
話の内容に積極性を感じている。また、活発なコミュニケーションを取りたいと思っている。
【障害物(物)は正面に置いたままにする】
話の内容に消極性を感じている。また、不安や緊張があり、相手との間に壁をつくろうとしている。

このように、机の上の文房具や資料の位置から相手の心の中を察することができます。わたしはこのような場面では、自分の資料や文房具を正面に置かないことはもちろん、お客様に何か心配事や気になることがないか確認したり、別の案を提案したりなど、多角的なアプローチを心がけています。逆に、お客様が資料や文房具を端によけたら、話の内容に積極性を持ってくれている! と推測します。

実際にこの場面でわたしは、お客様に何か心配事や気になることがないか聞いてみると「今後の活動方針の中に達成が難しそうな事項がある」と話してくれました。このお客様の不安を解消するために、お客様の意見も踏まえたうえで、後日再提案をしました。

「NO」の一点張り

次のケースは、お客様がこれまで手を付けていなかった分野についての活動計画を提案した時のことです。目的や背景、実施方法やスケジュールなど、綿密に検討し提案しましたが、お客様からの返答は「難しいのではないか」でした。わたしはその返答に対し、実施方法やスケジュールをいかにして検討したか、別の方法やリカバリの方法などを説明しました。しかし、お客様の表情は曇るばかりで、結局この提案は保留というステータスで終わってしまいました。

お客様は前傾姿勢で、両手には握りこぶしが見られましたが、この時お客様はなにを考えていたのでしょうか。また「難しいのではないか」という返答に対して、わたしはどのように対応するのが良かったのでしょうか。

ここでは、①前傾姿勢、 ②握りこぶしをつくる、 ③「難しいのではないか」という返答、それぞれ解説したうえで、総合的にどのような対応がベストなのか考えてみましょう。

①前傾姿勢

基本的に人間は無意識に好意を持つものに対しては近づこうとし、好意を持たないものからは距離を置こうとする習性を持っています。そのため、前傾姿勢は相手に対して好意を含む積極性を持っていることが多く、逆に、椅子の背もたれにもたれるなど、相手から遠ざかろうとしている場合、相手に対して警戒や疑惑の念を持っていることが多いです。つまり、お客様はわたしの提案に対して興味を持っている、積極的に検討しようとしている、と考えることができます。

②握りこぶしをつくる

握りこぶしからはあまり良いイメージは湧きませんが、その通りです。握りこぶしは不安や緊張を表し、自分の中に意見を閉じ込めている可能性を表しています。つまり、相手に対して自分の言いたいことが言えない状態、と解釈できます。わたしがお客様からYESをもらいたいという思いから、怒涛のごとく話を進めてしまったために、お客様自身が意見を言うタイミングを失っていたのではないかと思います。相手から一方的に話をされてしまったのでは、不安や緊張がうまれてしまうのも無理もありません。

③「難しいのではないか」という返答

交渉や提案において、相手は無理難題を押し付けられないかと警戒心や不安な気持ちを持っています。そんな状況であの手この手で相手を押してしまうと、さらに警戒心を強めてしまい相手は心を閉ざしてしまいます。そんな時には「そうですか。難しいとお考えでなのですね。ではもう一度、考え直してみましょう。」といってみてください。そうすることで相手の緊張を解き、改めて状況を検討してみようと前向きな雰囲気をつくることができる場合があります。

ベストな対応

では、上記①~③を考慮したうえでどのような対応をするのがベストでしょうか。

まず、お客様が前傾姿勢であるという点から、わたしの話に興味を持っているということをしっかりと汲んだうえで、一方的に話を進めていかないようにする必要があります。

また、要所でお客様の意見をきちんと聞くことが大切です。これはお客様の緊張や不安を取り除き、よりよい議論を実施できる舞台をつくるためです。

そして、お客様の返答に対して、こちらの提案や要求を押し通そうとせずに、柔軟に話の内容を変えたり、相手の意見に対する理解を示すことができれば良い対応になります。

実際にこの場面でわたしは、①と②については考慮できていましたが、③について適切な対応ができていませんでした。お客様からYESをもらえない状況に対して様々なアプローチを試みましたが、それは全くの逆効果でした。お客様が難しいと思っていることを受け止め、どのようにするのが良いのかを議論すべきでした。打合せは保留というステータスのまま終わってしまいましたが、③を考慮できていれば打合せの中で改善点を議論し、次の打合せに活かすことができたかもしれません。

注目したい5つのポイント

最後に、不安も含めて、お客様に何らかの心境の変化があった時に見られるポイントを5つ紹介したいと思います。その心境の変化をより明確な言葉で引き出すためにも、おさえておくと役に立つと思います。

(1)身体(おへそ)の向きが変化する

身体の向き、厳密にいうと「おへそ」の向きはその人の関心がある方向を指しています。それは人だったり物だったりしますが、これまでこちらを向いていたのに、急にそっぽを向いてしまった…またはその逆などがあります。大人数の打ち合わせの際には、沢山の人のおへその向きを集めてこそ主導権を握れるということが研究で明らかになっています。

(2)言葉としぐさの食い違いがある

「そうだなぁ」と了承しているようで首を横に振っていたり、「いいですね」と賛成しているようで手は握りこぶしになっていたり、明らかに言葉としぐさの食い違いがある場合には、言葉が本心かしぐさが本心か、その両方の可能性を視野に入れて話を進めていきましょう。

(3)話し方や話すスピードが変わる

急に「…」と間が増えたり、話すスピードが速くなったりする場合も注意してみましょう。また、自身が話し手の場合にも気を付けましょう。緊張や不安で話すスピードが変わることは、わたしもよくあります。相手に緊張が伝わらないように、深呼吸をして落ち着いて話すように心がけています。

(4)足を組み直したり閉じたりする

打合せ場所によっては相手の足が見えないこともあるかもしれませんが、足はその人の心を示す重要なヒントです。足を何度も組み直したり(不安や警戒のサイン)、足を組んでいたのに急にピタッと膝を合わせたり(緊張のサイン)、つま先がいろんな方向を向く(注意が散漫)…などが例に挙げられます。

(5)顔のパーツが一瞬ピクリと動く

あまり相手の顔をジロジロ見るのは好ましくありませんが、ふとした瞬間に、まゆ毛や口元が動いたのを目にしたことはありませんか。また、目の下やまつ毛の下、頬の筋肉が一瞬動くのを目にしたことはありませんか。相手の中で何かピンと感じるものがある時だと言われています。こんな時は一旦立ち止まって、会話のキャッチボールを増やしてみましょう。

ただしこれらの変化は、必ずしもマイナスの感情によってあらわれるものではありません。プラスの感情の際もあらわれますので、解釈には十分に注意しましょう。

まとめ

今回は、相手の不安を感じる瞬間について解説しました。

相手の不安というのは、気に留めていれば感じ取りやすいものかもしれませんが、自分の心にゆとりがないときや何かに一生懸命になっているときに見落としやすいものでもあります。ビジネスの場ではいろんな方とお仕事をする機会があるからこそ、一つひとつの機会を大切にすべきだと思います。その貴重な機会の中で、相手の不安を見落とさないよう常に気に留めることはもちろん、不安を感じ取った場合は何が原因か、どのように対処すべきか考えるようにしています。

また、この行動心理学の知識は、個々の経験によってより深みのあるものになります。ぜひ、実際のビジネスシーンで相手の心を探るヒントとして使ってみてください。

前回もお伝えしましたが、この相手を観察して得られた情報は「絶対」ではなく、文化的背景や国によって差異があります。しかし、その事象に対する「可能性」を考慮した対応ができるかどうかは、その後の結果や相手との関係構築に大きな影響を与えます。

またこの人と仕事をしたい、この人と共に頑張りたい、と思っていただけるようなコンサルタントになるために、わたしも日々奮闘中です。

次回は、人間関係の中で「魅力的な人」とはどのような人かを行動心理学の側面から解説予定です。


ライター

大山 あゆみ(LTS コンサルタント)

自動車部品メーカーにて、グローバルで統一された品質管理の仕組みの構築・定着化を支援。産休・育休を経て、CLOVER Lightの立ち上げ、記事の企画・執筆を務める。現在、社内システム開発PJに携わりながら、アジャイル開発スクラムを勉強中。Scrum Alliance認定スクラムマスター(CSM)、アドバンスド認定スクラムマスター(A-CSM)、Outsystems Delivery Specialist保有。(2023年12月時点)