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デジタルテクノロジー

アジャイル導入の海外動向 スピード重視の開発から顧客志向へ

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2018年8月に掲載されたものを移設したものです。

ライター

大井 悠(LTS ビジネスアナリスト/マネージャー)

ビジネスアナリシス領域に強みを持ち、多数の業務プロセスに関わるプロジェクトに従事。自社の業務変革の企画・遂行にも従事している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTSのコンサルタントの大井はるかです。年々、日本でも注目を集めるようになってきた「アジャイル」ですが、海外では日本以上に浸透していると言われています。本コラムでは海外のアジャイル導入状況に関する調査結果を参照し、アジャイル導入の海外動向について紹介したいと思います。

今回参照しているのはアジャイルツールベンダーのVersionOne社が年次で実施しているアジャイル導入状況に関する動向調査です※1。この調査は欧米を中心とした各国の幅広い業種の企業を対象としており、2017年版では1492の回答結果を収集・分析しています。

※1 参照レポート
2017年版『12th annual STATE OF AGILE REPORT』、2016年版『11th Annual STATE OF AGILE REPORT』(https://stateofagile.versionone.com/

海外のアジャイルの導入状況

2017年の調査では、回答者の97%が自社でアジャイルを導入済みと回答しました。昨年の調査では94%だったので、1年間で3%増加しています。アジャイルツールベンダーが実施している調査結果なので、ややオーバーな結果が出る傾向はあるとは思いますが、それでも日本のアジャイル導入状況が20~40%代※2という結果が出ていることを踏まえると、やはり海外の方が圧倒的にアジャイルの導入が進んでいるように思われます。

※2 アジャイル導入状況
日本情報システムユーザー協会(JUAS)提供の『企業IT動向調査報告書2018』では、既存情報システムで24.1%、IoT関連システムで43.0%、データ分析関連システムで46.8%の企業がアジャイル型開発を適用という結果が出ています。

ただし、このアジャイル導入済みと回答した97%のうち、アジャイル導入から5年以上経過しているのは30%に過ぎず、70%はここ5年以内にアジャイルを導入しています(表1)。

また、導入済みと回答した97%のうち、社内の全チームまでアジャイル導入しているのは25%、半分程度のチームに導入済みが27%で、46%はまだ半分以下のチームにしか導入していないと回答しています(表2)。

これらの結果から鑑みるに、海外はアジャイルが進んでいるとは言うものの、それはほんの数年の話であり、まだ多くの企業が導入を進めている段階にあることが分かります。

なぜアジャイルを導入するのか?

海外の企業は何故アジャイルを導入するのでしょうか?「アジャイル導入により期待する効果」の回答を見てみると、「ソフトウェア導入の加速」「変化する優先順位をつける能力の向上」「生産性の向上」といった理由が上位を占めています(表3)。

一方、「実際にアジャイルを導入して得られた効果」(表4)の第1位は「変化する優先順位をつける能力の向上」、次いで「プロジェクトの可視性の向上」「ビジネスとITのアライメント」等が挙がっています。早く市場にプロダクトをリリースすることを期待して導入している一方で、実際に得られた効果は速さ以上に優先順位の判断やプロジェクト運営に関わる能力向上である点は非常に興味深いです。また期待する効果より実際に得られた効果の方が、やや上回っている点も非常に興味深いです。

ウォーターフォールからアジャイルへの切り替えは思想や体制の変化を伴うため負担は大きいですが、実際に導入したことで効果を実感している企業は多いようです。

アジャイルの導入とスケーリングの壁

アジャイルはもともと小規模チームのソフトウェア開発方法論として生まれたものですが、今では大規模開発や組織運営まで適用範囲が広がってきています。企業がソフトウェア開発を進める際には数百人を巻き込むような大きな取り組みも多いため、そうした大規模な範囲に対してもアジャイルを適用する動きが広がっています。このアジャイルの適用範囲を広範に広げる動きはスケーリングアジャイルと言われており、代表的なフレームワークとしてはSAFe※3などが作られています。

※3 SAFe
Scaled Agile Framework:大規模アジャイル開発フレームワーク(http://jp4.scaledagileframework.com/

アジャイルの適用範囲をスケールする傾向はあるものの、実際にアジャイルを導入しスケールさせていくのは容易ではなさそうです。「アジャイル導入およびスケーリングアジャイルを進める上での障壁は何か」という設問に対する回答結果(表5)を見てみると、「会社の文化がアジャイルの価値に対して懐疑的:53%」「全社的な変化に対する抵抗感:46%」「マネジメントからのサポートやスポンサーシップの不足」など、組織文化に関する事項が上位を占めています。

アジャイルを企業の中に導入させていくにあたっては、アジャイルに関するスキルや経験不足以上に、いかに組織にアジャイルの考え方を理解してもらい、浸透させていくのかが課題となるようです。ちなみに2016年の同設問に対する回答結果も同様に組織文化に関するものが上位を占めていました。日本企業でアジャイル導入を進めている企業でも同様の悩みを聞くので、この傾向は万国共通と言えそうです。

アジャイルは成功しているのか?

調査結果によると、回答者のうち98%がアジャイルの取組みが成功したと回答しており、導入企業の多くがアジャイルのメリットを享受している結果となっています。導入の成否に関する調査結果で非常に興味深いのは、どのような観点でアジャイルの取組みが成功していると判断しているか、つまり評価指標です。2016年の調査(表6)ではアジャイルの取組み全体の評価指標は上から順に「スケジュール通りのリリース」「関連するビジネス上の成果」「顧客・ユーザー満足」、個別のアジャイルプロジェクト(表7)では上から順に「開発速度」「期限内に全ての作業を消化できたか」「期限内に全てのプロダクトをリリースできたか」といった結果になっています。アジャイルの取組み全体としてはビジネス上の成果や顧客満足に焦点を当てつつも、個別のプロジェクトでは生産性が最重要視されていたようです。

それに対して、2017年の調査では(表8)、アジャイルの取組み全体の評価指標は上から順に「顧客・ユーザー満足」「スケジュール通りのリリース」「関連するビジネス上の価値」と2016年とさほど変わらない結果ですが、個別のプロジェクトの評価指標(表9)では上から順に「顧客・ユーザー満足」「関連するビジネス上の価値」となっており、その次にやっと「開発速度」が登場するなど昨年とは大きく異なる結果になっています。2017年になって個別のプロジェクトレベルでも顧客・ユーザーやビジネス上の価値が非常に重要視されるようになっています。この「顧客志向」の拡大は大きな変化です。

ソフトウェア開発はより顧客志向に

今回の調査結果から、海外の企業ではアジャイルの導入とスケールに伴い、「顧客・ユーザー」へのフォーカスが非常に強まっていることが読み取れます。これまで「速さ」に着目されてきたアジャイルですが、実際に取組みを進める過程を経て、その本質的なメリットは速さ以上に「顧客・ユーザーが欲しいものを届ける」ことにあると気が付いた企業が多いのかもしれません。
本調査の対象である企業の大半は依然として導入過程にあり、まだ国際的にアジャイルが十分に浸透しているとは言い難いですが、ソフトウェア開発領域においてこれまでの生産性重視から、顧客重視へと大きく方向性が変わってきていることは確かなようです。アジャイル導入の進捗に伴い、この流れは今後もますます強くなっていくのではないかと考えられます。