このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年8月に掲載されたものを移設したものです。
ライター
毎度の説明になりますが、今回のモデルも、あくまでもLTSがBABOKを独自にテーラリング(自社向けの改編)したもので、必ずしもBABOKの表記そのものではありませんので気を付けてください。
ヒューマンスキルの中核である「人間関係のスキル」
このコラムでご紹介する最後のスキル群になる、LTS流「Interaction Skills(人間関係のスキル)」を解説します。LTSでもここは「人間関係のスキル」と呼んでいます。以下が全体像です。
ここでは全部で6つのスキルが登場し、「行動特性」と同じように、それぞれは全く異なる特性に見えます。これについては図のように「スキルが必要とされる場面」と、「対象者に働きかける/対象者から引き出す」という軸で整理すると比較的すっきりと理解できます。一つ一つを解説すると以下のようになります。
ここでは場面ごとのセットで解説してみたいと思います。
人間関係のスキルの中心となるスキルが「感化力(リーダーシップ)」と「チームワーク」です。感化力とは自らのビジョンを提示した結果、ビジョンに感化されたメンバーがリーダーについてきたいと思わせる力です。強い表現で言えば自らの意思に周囲を従わせる力とも言えます。一般にリーダーシップという言葉で表現できるスキルですが、この言葉はかなり広い意味で万能に使われため「周囲を感化する」というニュアンスをより正確に表現するために「感化力」という表現になっています。
「感化力」の対になるスキルが「チームワーク」です。こちらは自らに従わせるのではなく、チームメンバーの自発的意思とメンバー間の協力関係を構築する力です。リーダーにはこの二つのどちらもが必要です。取り組みの開始時やトラブル時にはしっかりビジョンを示して皆をまとめることが必要になります。しかし、常にリーダーの指示に周囲が従うばかりではメンバーが育ちませんし、リーダーの独善にも陥いることもありますから、取り組みの中で自発的意思と協力関係を構築していく必要があります。双方のスキルを持った上で、場面に応じた顔を使い分ける必要があります。
「感化力」と「チームワーク」はほぼどのような局面でも必要とされるスキルですが、特定の場面で使われるスキルもあります。それが「ネゴシエーションと紛争解決」と「ファシリテーション」です。これらはほぼ会議の場で必要とされるスキルと言って構わないかと思います。「ネゴシエーションと紛争解決」は討議をWin-Winの解決に導くスキルです。こう言うと聞こえはいいですが、はっきり言えば会議を自らの描いたシナリオに従わせるスキルで、実は感化力の一部です。感化力の中でも特に会議や交渉で適用できるテクニックに特化したものという考え方もできます。
「ファシリテーション」は「ネゴシエーションと紛争解決」の逆で、会議参加者の意思を引出しつつ、無用な衝突を最小化して自然な参加者相互の理解や合意形成を担うスキルです。先ほどの「ネゴシエーションと紛争解決」が感化力の一部とみなすことが出来るように、「ファシリテーション」は「チームワーク」の一部のスキルで、特に会議中のチームワークに特化したものと考えることができます。
同じく特定の場面、特に人財育成の場面で適用されるスキルが「ティーチング」と「コーチング」です。「ティーチング」は、その呼び名の通り伝えるべきことを分かりやすく、相手が理解できるように教えるスキルです。これは対象者に働きかける力で、やはり大きく見ると「感化力」の一部です。一方のコーチングは相手との対話や質問の技法を活用して、相手の思考を刺激し、相手が自らの力で何等かの答えにたどりつけるようサポートするスキルです。これも大きく見れば「チームワーク」の一部です。
このように「人間関係のスキル」は働きかける力としての「感化力」と引き出す力として「チームワーク」という二つの大きな枠に、局面で発揮される他の四つのスキルも含まれていると考えると分かりやすくなります。
実際には「リーダーシップ」も「チームワーク」も、そして他のスキルも人や団体によって様々な定義があり、このようなマトリクス型の整理はちょっと乱暴な整理だと感じる人もいるかもしれません。そこはあくまでも一つの考え方としてご理解頂ければと思います。ただ、とかく抽象的になりがちなヒューマンスキルを説明する際に、このマトリクスを活用すると相手にスムーズに理解してもらえることが多いので、私は結構気に入っています。
なお、LTS「人間関係のスキル」のBABOK「Interaction Skills(人間関係のスキル)」からの変更点は
- BABOKでは存在していないコーチング(Coaching)を採用していること
です。BABOKはもともと業務分析を進めるための方法論であって、チームマネジメントやプロジェクトマネジメントの方法論ではありませんから、コーチングのようなスキルは表現されていないのです。バージョン2.0まではティーチングも存在しなかったのですが、バージョン3.0から新たに加わりました。
定義したスキルをどう活用するのか
さて、ここまで4つのカテゴリのスキルを順に紹介してきたことで、PMに求められるヒューマンスキルの全体像は明らかになりました。しかし、スキルが明らかになればそれが身につくかというと、そうではありません。スキル一覧だけを提示して「このスキルを身につけるように」と指示しても「どうすればいいですか?」と聞かれるのがオチでしょう。
スキルというのは段階的に習得していくもので、「身についた/身についていない」とデジタルに判断できるものではありません。多くのスキルはまずそのスキルの必要性と理論を学ぶところからはじまります。そして実践を交えて段階的により高度なスキルを身につけていきます。このようにある目標への到達度を段階的に表現するには成熟度モデルを作ることが効果的です。例えば今回のコラムにも出てきた「ファシリテーション」というスキルのLTSにおける成熟度は以下のようなものです。
こちらも全ここに示したのは概要であり、実際にはより細かい各レベルの評価基準があります(評価基準についてはこのコラムの最後に補足とし添付しました)。このようにLTSでは全てのスキル成熟度を五段階で表現しており、それぞれの段階の設定の目安は以下のようになっています。
レベル0はスキルを保持していない状態です。そして、当面の育成上で目標となるのはレベル2、最終的にはレベル3となります。レベル2が実務で活用可能なレベル、そしてレベル3がプロジェクトマネージャーや部門の長を担う人間に身に着けていて欲しいレベルです。ファシリテーションスキルが必要とされる場は学生時代に誰もが経験しているわけではありません。
ですから新卒で採用した人にはレベル0という人もいます。これを新卒研修で最低レベル1の状態にして現場に送り出し、社員を預かったプロジェクトや部門はこれをまずはレベル2に育てるというわけです。レベル4はかなり高度な到達度合で、その先を目指す人へのある種の道しるべとして設定しています。
このようにスキル成熟度を設定することで、社員は自分がどのスキルレベルに達しているかを評価できます。その評価を上司や周囲の人の評価と比べることで、より客観的な評価を下すことができますから、それらを元にスキル育成のためのプランを上司と議論できます。
「育成」と言うと研修受講のような手法ばかりを考えがちですが、この成熟度の考え方において研修のようなOff-JTが有効なのは主にレベル0をレベル1ないし2にするところまでです。それから先のスキルは実践(OJT)の場で周囲のフィードバックを受けながら継続的に改善していく他ありません。LTSではこのスキルの評価を年に二回の評価のタイミングに合わせて行うようにしています。
今回、数あるスキルからファシリテーションスキルを抜き出して説明しましたが、このような成熟度が他のスキル全てに設定されています。一連のコラムで紹介したヒューマン系のスキル(行動特性含む)だけで26ありますから26×5段階で、130マスの表になります(実際にはこれに技術スキルが加わります)。このスキル体系がLTSでPMを育てる上での一つの大きな基盤となっています(以下は実際の表の一部)。
これでこのコラムは終わりです。ここまで3回(4年前のコラムも含めると4回)に渡って、PMに求められるスキルをヒューマンスキルの側面から解説してきましたがいかがだったでしょうか。このような考え方が皆さんや、皆さんの会社でPMを育てる上での参考となれば幸いです。