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デジタルテクノロジー

プロセスエコノミーで変わるビジネスの姿 DXに取り組むとは、未来の社会を描くこと③

「デジタルトランスフォーメーション(以降DX)とは何か?」この問いに対する議論はこの言葉が登場して以来、さまざまなところで行われてきました。私たちはLTSとしても、この数年間さまざまなDXの取り組みを推進してきましたが、この経験から今回あらためて「DX」に対して向き合ってみることにしました。このコラムでは、私たちが考えるDXの定義、そしてDXへの向き合い方について、全4回で論じます。
亀本 悠(LTS 取締役)

戦略コンサルティング会社から2011年にLTSに移籍。デジタル活用サービスを展開する事業部門の責任者として、サービス開発および事業規模拡大をけん引。19年3月に取締役に就任。(2022年3月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

プロセスエコノミーで変わるビジネスの姿

プロセスエコノミーにおけるビジネスは、それまでとは全く違うセンスが求められます。
例えば出版業界です。電子書籍は一見すると、単純に紙の書籍を電子化して可搬性を高めただけのものに見えます。しかし、実際の電子書籍の可能性は「持ち運びやすい書籍」という枠を大きく超えるものです。ここでは出版業界を事例に、プロセスエコノミー下におけるビジネスの姿を探ってみましょう。

プロセスエコノミーでは、これまでと異なるセンスが必要になる

顧客体験を長く広い目線で理解し、先の期待に応えるラインナップを用意する

当然ですが、これまでの書籍は紙という物理的な素材で出来ていました。紙の書籍はひとたび出版すると修正が効かないので、出版前のチェックは入念に行われます。また、その印刷と流通にも大きなコストがかかります。このような高コスト体質にも関わらず、書店の棚は限られ、一部のロングセラーをのぞけば出版してもすぐに棚から降ろされる上、そもそも売れる見込みがない本は棚に置いてもらうことすらできません。結果的にかつての出版業界は、出版前に企画を入念に吟味し、“当てる”ことが重要だったのです(かつての音楽業界と近い構造です)。

ところが、ネットワーク配信が可能な電子書籍は、これまでのような紙の書籍のデメリットがほとんどありません。原稿さえあれば、どんどん刊行することが可能です。事前投資もほとんど必要ありません。事前に原稿料などもらえなくても本を書きたいという人は世の中にたくさんいますから、刊行して売れればその成果を著者とシェアすればいいのです。このような特徴をうまく活用した結果、サブスクリプション契約(定額の期間契約)による電子書籍の「図書館」が実現しました。

サブスクリプション前提の書籍の刊行で求められる考え方は、紙の書籍の刊行とはまったく異なります。ユーザーは、サービスを一冊の本の出来で評価するわけではありません。何冊か読んだ本のうち一部が良ければ十分だし、あまりおもしろくなかった本でも、その一部に何か参考になる部分があればよいのです(本当につまらないと思えば読むのをやめて他の本に移ればよいのです)。また、このようなサービスでは内容としては充実しているけれども読者層が限られる本、つまり以前だったら書棚に置きにくかった本も刊行可能です。むしろこのような本が充実していることが、お客様をサービスに引き付ける要素にもなります。サービス提供側としては個々の書籍を“当てる”のではありません。期待の異なるユーザーのそれぞれの読者体験を長く広い目線で理解し、サービスの利用データから顧客の次の期待を読み取って、ラインナップをそろえていく必要があるのです。

プロセスエコノミーとは、顧客体験全体をプロデュースすること

先日、あるホテルグループのIT担当の方からおもしろい話を聞きました。その方によると現在の多くのホテルの情報システムの思想は“資産管理”なのだそうです。つまり「ホテルの部屋」という資産の状況を管理し、お客様に貸し出すというものです。

しかし、そのホテルグループが目指しているのは「お客様の素晴らしい旅行体験全体をプロデュースする」ことです。ホテルへの滞在は旅行の一部分でしかありません。自宅からの移動手段や訪問予定の観光スポット、グルメ処などさまざまな要素が集まって旅行全体を構成しています。それを考えた場合の、そのホテルグループが目指す本来のシステムの姿とは、お客様がそのようなさまざまな旅行の要素から好みの移動手段や訪問先を選び、旅行のプランを練り上げることができるツールではないかということに気づいたそうです。その中で、自社が提供できるサービスについては予約や決済の仕組みを提供し、その他のサービスについては予約代行ができるようなそんな仕組みを作りたいと話していました。

このような考え方は、まさに「部屋(物)を貸す(売る)」というアウトプットエコノミーから、「体験(プロセス)をプロデュースする」というプロセスエコノミーへの移行の最たるものだと考えられます。


そう言われると確かに今のホテルのサイトは使いづらいものが多いです。私がかつて旅行でホテルを予約した時に「ある日の夕食はホテルで食べるが、次の日は現地の別のレストランに行く」という予定を立てた時に、ホテルの予約サイトの選択肢は「何日から何日まで一泊二食付き」というものばかりで日によって異なる行動を予約することができませんでした(結果的に電話で予約しました)。

戦略はデータをもとに機動的に修正する

お客様との関係性は「販売」から「共創」へ

お客様のとの関係性が点(製品・商品の販売)から面(ライフサイクル全体)となる中で、企業の事業戦略は大きな転換を求められます。アウトプットエコノミー下における戦略とは、企画をしっかり練って高い精度の戦略を立て、計画的に実行していくというものでした。つまり「戦略」と「実行」が分離されており、ここまでの表現を借りれば、企画とか戦略といったものは“当てる”ものだったわけです。

しかし、企業の事業戦略立案は、精度よりも計画変更の柔軟性を重視した仮説検証型にシフトしています。戦略や計画の策定に多くの時間を費やすのではなく、製品やサービスを素早く具現化して市場に出します。そしてお客様の反応やビジネスプロセスから上がるデータを見ながら、日々、戦略とプロセスの双方を素早く見直し、事業を育てていくのです。このような粗い戦略を基に「やってみて、すぐに修正する」経営は、現在の戦略立案の主流の考え方となっています。

この変化の背景の一つは、お客様の志向が多様化かつ高度化し、製品やサービスがどんどん複雑になっていることです。しかも、この志向は激しく変化し、一部の業界ではサービストレンドが数年どころか数か月で変化する有様です。そのため、将来の予測に基づいた確実な経営をすることが難しくなっているのです。

そしてもう一つの背景が、ここまで説明したプロセスエコノミーです。お客様との接点が長期、かつ広い範囲に渡ることで、お客様との関係性を継続的にマネジメントする必要が生じ、必然的に自社からの一方的な製品や情報の発信だけでなく、お客様からもフィードバックを交えながら関係性を修正していく双方向のコミュニケーション、いわゆる「共創」が前提となったのです。

企業の本当の資産は、お客様との相互信頼の深さ

このような経営環境の変化の中で、ビジネスに欠かすことのできない大切なものがデータです。お客様の動向をデータで読み解き、意図した関係性の構築ができているか、さらに新しい関係を築けているかということが現在の経営にとっては大変重要になります。ウェブサイトやソーシャルデータから得られるお客様の行動データ(PVや、顧客動線)はもちろん、リピート率、チャーンレート(解約率)、CPA(顧客獲得単価)、エンゲージメント率といった顧客関連の業績指標類、さらにはテキストマイニングによる顧客の声の見える化や、コンタクトセンターにおける感情分析といった、かつては捉えにくかった情報もデータ化して判断指標としていきます。財務指標についてもただ単純に売上や利益の総額を見るのではなく、ARR(Annual Recurring Revenue・・・毎年継続的にあがる収益)といった顧客との関係性が業績に反映されているのかをチェックする指標を意識する必要があります。

これらのデータはリアルタイム性も意識することが大切になります。売上や利益といった旧来の経営指標群はもちろん大切な指標ではありますが、多くが遅行指標です。お客様との関係性を機動的にマネジメントしていくためには、先月の売上よりも、いまこの瞬間のサイトの訪問数や動線、発表したばかりの商品へのネットでの反響の方が大切なのです。

このように事業戦略をデータも活用してマネジメントしていく前提には「自社とお客様の関係はどうあるべきか」ということに思想が必要です。しっかりした思想に基づいて事業を測る尺度をアップデートすることができないのであれば、これからの経営における企業価値の向上は難しいでしょう。企業の本当の価値および資産とは、売上や利益、企業規模といったもの以上に、企業活動の結果として培ったお客様との相互信頼の深さなのです。

関係性を構築しなければならないのは “お客様”だけではない

社会にいるすべてのステークホルダーとの関係性を意識する

ここまで“お客様”との関係性を軸に現在の経営を語ってきましたが、関係を構築しなければならないのは、会社に収益をもたらす直接のお客様だけではありません。社会にいるすべてのステークホルダーが対象です。企業の地球環境や人権に対する姿勢は、以前にもまして厳しく監視されるようになっています。表面的にはお客様に対して良いサービスを提供していても、その裏側で環境負荷物質の排出に無頓着であったり、途上国の農園から搾取しながら原材料を調達したりということは許されません。以前は外部から見えにくかったこのようなビジネスプロセスの裏側も、現在ではしっかりと監視の目が入ります。自社の外部からの見え方を意識し、データを活用しながら関係性をマネジメントしていくことは、ここでも同じことが言えます。

このようなことを考えた際に、社会の価値観や正義感の振れ幅を意識し、自社の行動をその範囲内に維持することが大切になります。ロシアのウクライナ侵攻に伴い、多くの外資系企業がロシアから撤退しました。しかし、ユニクロを展開するファーストリテイリングは当初、ユニクロ事業をロシアからは撤退させないと発表しました。衣料品は生活必需品であり、現地の市民生活に影響するというのがその理由です。しかし、それは発表直後から社会からの大きな批判にさらされます。中にはツイッターで「もうユニクロ製品は買わない」とつぶやく著名人すらでるほどでした。

当初の決定はユニクロなりのお客様を思った行動であり、自分たちなりの一つの正しさであったのだと思います。しかし、それは社会全体の正義感の許容範囲からは外れるものでした。これらの批判により、その後ユニクロもロシアからの撤退を表明することになります。

デジタルによって変化したお客様の行動を理解し、自社の在り方を見直す

このことは、自社なりの論理として“正しい”行動でも、それが社会全体の大勢とずれると大変なことになることを示しています。お客様との関係性を考える大前提として、自社は社会の一員であることを意識しなければなりません。まさに「企業の社会的責任(CSR)」です。企業のブランドを形作るものは、その規模や知名度以上に、お客様を含む社会全体からの信頼だからです。

このように、今のビジネスの環境を考えれば考えるほど、そこで大切になるのは、変わる社会と、その中でのお客様の行動の変化だということになります。企業はこれに対してしっかりとした思想を持つ必要があります。もちろん、これらの変化はデジタルがもたらしたものであり、そしてデジタルなしではこれらに対応していくこともできません。だとしてもその本質は、デジタルそれ自体ではなく、デジタルの上で変わる“人間”に対する理解です。企業は今の社会環境の中で、自社の在り様と社会での位置づけを見つめなおし、すべてのステークホルダーとの関係性を適切にマネジメントする必要性に迫られています。このコラムの最終回となる次回は、ここまで論じてきたような経営環境において企業の経営者に求められることを論じてみたいと思います。