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デジタルテクノロジー

スマートグラスが業務マニュアルを変える BtoBに浸透するウェアラブルデバイス

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2016年6月に掲載されたものを移設したものです。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTS執行役員の山本政樹です。先日、ウェアラブルデバイスの展示会に行ってきました。ウェアラブルデバイスをネットで調べると「腕や頭部など、身体に装着して利用することが想定された端末(デバイス)の総称である。」と書かれています。例えばアップルウォッチもある種のウェアラブルデバイスと言えます。今回のコラムではこのウェアラブルデバイスの中でも特にスマートグラスを取り上げて、それらが企業活動をどのように変えていくかを考えてみたいと思います。

ウェアラブルデバイスの活用領域

ウェアラブルデバイスを活用目的で大きく分けると「人間から情報をとるための端末」と「人間に情報を与えるための端末」の二つに分類できます。「人間から情報をとるための端末」は例えばリストバンドのように腕などにはめて心拍や血圧といったバイタルデータを取る機器が中心で、健康管理への活用や、スポーツやダイエットへの応用が期待されています。

一方の「人間に情報を与えるための端末」は、多くの情報を表示できるスマートウォッチや、ウェアラブルPCなどが例として挙げられます。これらの機器を使用すると人は必要な情報処理をいつでもどこでも、これまでのデバイスよりも効率的に行うことが出来ます。

以前のコラム「CPSとIoT 一体何が違うのか?」で紹介した通り、近年センサー等で取得した物理世界の情報を高度なIT技術を駆使して解析し、画期的なサービスを可能にする「CPS (Cyber Physical System」や「IoT (Internet of Things)」といった考え方が広まりつつあります。ウェアラブルデバイスは、人間の行動データや医療データを取得すると共に、ITが処理した情報を人間に返す役割も負いますから、CPSやIoTにおいて大切な要素の一つのとされています。

BtoB市場に浸透するスマートグラス

スマートグラスはその名の通り高性能なメガネで、メガネのレンズ部分に情報を投影します。人の視界に直接情報を投影するスマートグラスは「人間に情報を与えるための端末」という印象が強いですが、多くのスマートグラスが「人間から情報をとるための端末」としても機能します。例えば内蔵されているカメラから人が見ている風景画像を取得したり、GPSで人の位置情報を取得したりもします。

スマートグラスは当初、消費者向けのガジェットとして注目を集めていました。グーグルグラスが有名ですが、メガネ型ディスプレイとカメラ、GPS、音声操作といった機能等を組み合わせることで、スマホやタブレットを超えるインターネットツールとして注目されていたのです。ところが、カメラを内蔵していることから生じるプライバシー侵害の懸念が議論となり、2015年1月にグーグルはこれらの一般消費者向けの販売を中止しました。これにより市場では一時期「スマートグラスは終わった」というような話もされました。

しかしBtoBビジネスの現場での事情は少し違います。以下のDHLの配送センターの事例動画を見てください。ここでは配送センターにおける作業指示や作業ミス防止のためにスマートグラスが活用されています

【Vision Picking at DHL – Augmented Reality in Logistics】

実は、このようなBtoBにおけるスマートグラスの適用は世界的にかなり浸透しています。製品数も多く、私が行った展示会でも展示製品の半分近くはスマートグラスでした。

今のところスマートグラスの活用領域としては「物流」「フィールドサービス」「製造業の組み立て現場」などが挙げられます。フィールドサービスとはエレベータやATMといった産業機械保守、工場等のプラント保守のような広い範囲に点在する機器の保守サービスのことです。スマートグラスはこのような現場で以下のような機能を提供します。

1.作業手順の指示(ディスプレイに手順を表示)
2.作業を記録(カメラが作業を記録)
3.遠隔サポート(指導者がカメラの映像を遠隔地で見ながら作業を支援)
4.作業報告(作業開始と完了をデバイス操作で記録)
5.作業現場の指示(GPSと連動してディスプレイに地図や目標への道案内、場所を表示)
6.作業員の管理(誰がどこで何の作業に従事しているかを管理者が把握)

製造業の組み立て現場では特に1~4の機能が主として使われます。5の作業現場指示と、6の作業員管理は、作業員の広いフィールドを移動するフィールドサービスや物流ならではのサポート機能です。

こうした現場では、これまで作業員や管理者の支援を行うツールは持ち運びやすいタブレットやスマートフォン(スマホ)が利用されてきましたが、スマートグラスは、両手を空けておける上に、作業員の視点と連動できるのでより優れたツールと言えるでしょう。今後は、警察や消防といった用途に拡大されることも考えられます。

進化するスマートグラス

最初期のスマートグラスは単純にディスプレイをメガネ型にしただけでした。これはもともとスマートグラスが「持ち運びできるPC(ウェアラブルPC)のディスプレイ」という用途で研究されてきたという経緯があります。

しかし研究が進むにつれて、スマートグラスは現実世界(メガネの向こうの風景)と仮想世界(ディスプレイに映し出される情報)の融合、いわゆるAR(Augmented Reality:拡張現実)のデバイスとしての色が濃くなってきました※1。ただ、ARを実現する上では、スマートグラスに装着者が見ている風景の情報を認識させる必要があります。この手段としては今のところARマーカーが主流です。これは対象物にバーコードやQRコードのような目印を張り付けておいて、これをカメラで読み取ってモノの情報をデータベースから引き出し、ディスプレイに表示するというものです。ここに最近は、複数のカメラやセンサーを搭載して作業者の見ている風景を立体的に取得し、目の前にある物体を正確に読み取ることが出来るデバイスも登場してきました。

※1:ちなみにARは意外と古くから実用化されていて、目標の実像に対してジャイロ計算された射撃目標ポイントをガラス板上で重ねて指示する光学照準器は第二次世界大戦の頃には活用されています。 もともとは軍用機で実現され、近年、民間機や自動車でも実現されているHUD(ヘッドアップディスプレイ)は最も普及しているARでしょう。

この二つの違いを自動車のエンジンの組み立て現場の例で説明します。ARマーカーを使っているスマートグラスは、マーカーから組立対象のエンジンを読み取ってスマートグラスにはエンジンの組み立て手順が表示されます。作業者はその手順を読みながら、作業を行っていきます。ディスプレイ越しに見えるエンジンと、作業指示とは必ずしも連動しません。これが立体視可能なスマートグラスですと、目の前にあるエンジンの形状や位置を読み取って組み立て手順を表示するだけでなく、エンジンの上に映像を重ねて投影することが出来ます。例えば、ネジ止めをしなくてはいけないポイントがエンジンのどこの部分なのかをピンポイントで指示できるのです。

以下は複数のカメラやセンサーで立体視を可能にしたスマートグラスの一つです。

【企業向け 現実拡張システム「AceReal」の開発をスタート】
http://www.sun-denshi.co.jp/news/i_news/details/?id=252

スマートグラスは最先端の業務マニュアル

業務用スマートグラスは最先端の技術を活用したデバイスですが、BtoBビジネスの世界で見るその実態は「業務マニュアル」の拡張版です。このような「業務インストラクション」の世界では、はじめ紙製の冊子からはじまりました。そこにPCで見るWebマニュアルが加わり、近年は可搬性の高いスマートフォンやタブレットを活用することも増えました※2。そしてこの「業務インストラクション」の世界に加わったのが、スマートグラスです。今後、前述の「物流」「フィールドサービス」「製造業の組み立て現場」ではスマートグラスの活用はどんどん進んでいくことと思われます。

※2:ちなみに紙、PC、スマホorタブレットというそれぞれのデバイスは一長一短があり、必ずしもどれが一番とは言えません。LTSの経験でもWebマニュアルよりも紙のマニュアルの方がユーザーから重宝されることがあり、使い手の状況や趣味(慣れ)に依存することが分かります。

先ほどのDHLの配送センターの事例で活用されていたスマートグラスはVUZIX(ビュージックス)社のもので、業務用スマートグラスで大手の一社です。このVUZIX社の担当者によると日本における業務用スマートグラスの売上はかなり低く、東南アジアの国々、例えばベトナムなどよりも引き合いの数は少ないのだそうです。しかも引き合いの大半は研究用のもので、それが実際にビジネスで実装されることは稀であるということを嘆いていました。

当然のことながら、ARをビジネスで実装するためにはスマートグラスだけ購入してもダメで、スマートグラスに対応したソフトウェアの開発が必要になります。ところが日本ではそもそも活用事例がほとんどないため、結果的にこの種のソフトウェアの開発はヨーロッパの会社が圧倒的に進んでいるのが実情だそうです。

LTSのサービスは業務変革時の展開支援にその起源があります。展開支援とは新システム導入や大きな業務ルールの変更時に、業務マニュアルを開発し、社員教育を行い、ヘルプデスクなどを開設して社員の新しい業務への適応を支援するサービスです。この一環としてLTSでは業務教育用e-Learningの開発なども数多く行ってきました。紙、PC、タブレットのマニュアル開発は実績のあるLTSですが、スマートグラスの活用はまだ研究段階です。最近、通信販売など物流のからむ案件も多く、LTSとしてもこの分野の研究を進めつつ、積極的な業務適用に進出できたらと考えています。