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プロセス変革・業務改革

よくわかるビジネスアナリスト④ ビジネスアナリストの育成とマネジメント

ライター

大井 悠(LTS ビジネスアナリスト/マネージャー)

ビジネスアナリシス領域に強みを持ち、多数の業務プロセスに関わるプロジェクトに従事。自社の業務変革の企画・遂行にも従事している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

ビジネスアナリストという言葉は日本での認知度はまだ低いですが、北米ではビジネスアナリストは一般的な職業として認知されており、100万人以上の人がビジネスアナリストとして働いていると言われています。女性のビジネスアナリストも多く活躍しており、年齢層も20代から50代まで様々です。

ビジネスアナリストの企業内での育成は、欧州や北米では多くの事例が報告されており、そのスキームや工程は日本の企業でも応用できるものがあります。今回は、諸外国の事例から見る国際的なビジネスアナリストの育成事情を、イギリスで行われたカンファレンスでの内容を基に紹介します。企業内のビジネスアナリスト育成の参考になると幸いです。

このコラムの著者、大井悠が執筆する書籍「Process Visionary デジタル時代のプロセス変革リーダー」を2019年9月27日に発売しました。

本の詳細は「Process Visionary」紹介ページよりご覧いただけます。

ビジネスアナリストの需要に関係している諸外国のソフトウェアの内製比率

日本でビジネスアナリストとして仕事をしている方は、その多くが専門のコンサルティング会社やSIerに所属しています。一方、国際的な傾向としてはビジネスアナリストはユーザー企業に所属し、自社で業務改善や業務構造の管理・IT化を進めていることが多いです。

その背景として、諸外国ではソフトウェアの内製比率が日本に比べて高いことが挙げられます。北米企業ではシステムの開発・導入から運用まで、一貫して内製できる人材をユーザー企業が保持しており、パッケージであれスクラッチ開発であれ導入は基本的に内製で行われています。これに対し、日本で「業務のIT化」というと、ITサービス会社へアウトソーシングする傾向が強くあります。IPAのIT人材白書(資料1)によると、日本におけるIT人材はその7割がIT企業に所属しているのに対し、アメリカではその7割がユーザー企業に所属しているそうです。このように、自社でシステムを内製する文化圏においてビジネスアナリストは、ビジネスアナリシスの専門家として企業に所属し活躍しています。

(資料1)諸外国のソフトウェア内製比率、出典を基に筆者作成

北米のビジネスアナリストに話を聞くと、従業員が1000人以上の会社においては数十名のBAが社内におり、従業員30名程度の小さな会社でもビジネスアナリストが社内にいるそうです。企業の規模を問わず、従業員数の2~3%はビジネスアナリストであるということです。

ビジネスアナリストの所属部門は多くがIT部門

では、その企業に所属するビジネスアナリストたちは、どのような部門に所属しているのでしょうか。IT部門に所属するケースと事業部門に所属ケースと、主に2種類あります。IT部門に所属するビジネスアナリストは、業務部門や事業部門からの要求に基づき立ち上がったプロジェクトにアサインされます。プロジェクト単位で担当する一方で、後者の業務部門や事業部門に所属しているビジネスアナリストは、明確に担当領域を持っていて、担当領域の業務改善や構造管理などを担います。IIBAのサラリーレポート2018によると、ビジネスアナリストの半数はIT部門に所属し、約30%は機能別/部門別/製品別の組織に所属しているそうです(資料2)。

(資料2)ビジネスアナリストの所属、出典:IIBAサラリーレポート

企業に所属しキャリアを積んでいくビジネスアナリスト

このようにしてユーザー企業に所属するビジネスアナリストは、自社の中でビジネスアナリストとしてのキャリアを積んでいきます。欧米の企業では、成熟に応じて社内におけるビジネスアナリストのキャリアパスが確立されています。基本的にはビジネスアナリストとしての専門性を高めるパスが主流で、「アソシエイトBA→ジュニアBA→シニアBA」と成長していきます。アソシエイトBAはジュニアBAまでの教育期間のビジネスアナリストのことで、12~18か月程度の経験を積みます。その後、小規模なプロジェクトで活躍するジュニアBAとなり、さらに経験を積みシニアBAとなります。

様々なプロジェクトに参画する中で、自分の専門性を磨いていき、シニアBAの先はビジネスアナリストチームをリードするリーダになったり、プロジェクトマネージャーになったり、アーキテクトになったりと、ビジネスアナリスト以外のキャリアが開かれていることもあります。

世界的なデジタル化の流れの中で、ビジネスアナリストの需要が増加している

ここからはイギリスで開催されたビジネスアナリシスに関するカンファレンス「The Business Analysis Conference Europe2018」で聴講した内容です。

昨今、日本だけでなく世界でDXという言葉が頻出しています。デジタルな側面での業務変革の機会が増加したことに伴い、ビジネスアナリストの需要が増加しています。大手企業であるGoogleやAmazon、McKinseyといった有名企業でもビジネスアナリストの採用が過熱しています。外部のビジネスアナリストの採用や雇用コストは高額なため、コストを抑えつつ社内にビジネスアナリストを継続的に供給する仕組みが必要とされています。

カンファレンスで聞かれた課題意識としては、社内の様々な部署からビジネスアナリストをアサインしてほしいという要望が相次ぐものの、主にビジネスアナリストをプールしているIT部門内に所属するビジネスアナリストの数が限られており対応が難しいとのことでした。一方で、デジタル化に伴う業務変革は今後も続いていく見込みです。そのため、イギリス企業のIT部門ではビジネスアナリストの育成や採用についてスキームの整備し、育成環境を整えることで、社内のITプロジェクトにビジネスアナリストを十分に供給してけるようにしようと考えられています。

欧米企業では、従業員のスキル育成は会社が担うものではなく、従業員一人ひとりの責任であるという考え方が一般的です。しかし、特にIT化を先進的に進める金融業や保険業を中心に、インターン生をビジネスアナリストとして育成するスキームを設計・確立する動きが見られます。日本では、高校・大学を卒業したばかりの新入社員を会社の中で育てていくのは一般的な考え方ですので、この欧米企業における企業内でビジネスアナリストを育成するスキームは参考になる箇所があるかもしれません。

欧米におけるビジネスアナリストの育成工程

欧米におけるビジネスアナリストの育成の工程は、下記4つの工程(資料3)を繰り返していく形をとります。

(資料3)ビジネスアナリストの育成工程、筆者作成

初めに、その企業におけるビジネスアナリストのスキルや役割を定義します。次に、育成者と育成対象者双方がワークショップや文書などを通じて、育成モデルについて理解します。自分たちは何者で、どのようになる必要があるのかを明確にした後に、トレーニングが開始されます。このトレーニングは、OJTとOFF/JTを組み合わせるパターンが多くみられます。また、このトレーニングの要所で育成対象者がメンターからアセスメント結果についてフィードバックが行われ、何ができていて、何ができていないのか、足りないところを認識し、その点をトレーニングの中で強化するという工程を繰り返します。

個人的には、この「育成モデルの理解」という箇所に欧米の文化が強く出ているなと感じています。相互理解のコミュニケーションをしっかり実施する文化の中で、育成者が育成対象者にどのようになってほしいのかを一方的に伝えるだけではなく、育成対象者自身がどう感じているかを伝えるという、キャッチボールがなされています。アセスメントも同様に、育成者と育成対象者の間でフィードバックに対するディスカッションによって実施されます。

企業におけるビジネスアナリストのモデル定義は、SFIA(※1)やBABOKのコンピテンシモデルを参考に、各企業が自社向けにビジネスアナリストのスキル/コンピテンシ―モデルを設計しています。各スキル/コンピテンシに対して成熟度を定義し、それらの定義を参照してアセスメントを行っています。

※1 SFIA:Skills Framework for the Information ageのことで、情報化時代のためのスキルのフレームワークのこと。

トレーニング期間は企業によって異なりますが、およそ12~18か月程度で、その期間中の稼働の7~8割はプロジェクトにアサインし、実務経験を通じて養うべきスキルが明記されているので、それを基に現場で様々なことを学びます。OFF/JTでは必須科目の座学研修もありますが、基本的には個人が自身のスキルの現状とアセスメントの結果で何を学ぶべきか選択する方針が多い印象です。また、テクニカルスキルに関する座学研修の他、ソフトスキルの形成を目的としたシャドーイングや事例共有(プロジェクト訪問)など包括的に整備されています。

アセスメントは企業内で用いられている、成熟度別のスキル定義書を参照して実施されます。その時点での役割、職位、アナリシスのタイプについて評価し、評価者と被評価者が合意を形成します。この合意を経るところは、とても欧米らしいなと感じます。この評価結果を基に、次にどのスキルを向上させるのか、どのようなキャリアパスを選ぶのか、評価者と被評価者が相談し育成計画を立てます。アセスメントは社内のメンターが実施する場合もありますが、外部のメンターと進める場合もあるようです。

ビジネスアナリストの社内育成事例①大手保険会社A社

ここからは、イギリスの大手保険会社A社のビジネスアナリストの育成標準モデルを紹介します。この会社ではテクニカルスキルとソフトスキルに分けて、それぞれ自分たちが育成したいモデル(資料4)を作成した上で、18か月のトレーニングを通じてジュニアビジネスアナリストを育成しています。トレーニングにおけるOJTとOFF/JTは8:2の割合で、OFF/JTのトレーニングメニューはテクニカルスキル・ナレッジに関する座学、シャドーイング、実務体験や事例共有などがあります。どのような学習をするのかは、個人がメンターと相談して各自で選択するようになっています。受講生には自身のスキルを目的地点に向けてコンプリートするように、自律的に取り組む姿勢が求められています。A社がビジネスアナリストを育成する上で重視していることは、「学習に適したメンターやアサインするプロジェクトの選定」「OFF/JTの時間を確保することを自社がコミットすること」「何を学習すればよいかを提供すること」「社内の関係者に育成のスキームについて周知しておくこと」だそうです。

(資料4)A社の育成標準モデル、筆者作成

ビジネスアナリストの社内育成事例②大手保険会社B社

また、イギリスの保険会社B社では、インターン生を採用し社内でビジネスアナリストの育成を行っています。トレーニング期間の稼働のうち半分はOJTで、それ以外の時間は外部講師による育成と自社内のトレーニングコースや、ワークショップによる育成を実施しています(資料5)。インターン生のモチベーションを上げるために、リワードやインターン生と元インターン生のコミュニティを形成したり、スキルアセスメントやメンタル面のケアのためにラインマネージャーを配置したり、ツールボックスなどのナレッジシェアの整備も進めたり、という取り組みも行われています。インターン生は様々な規模、フェーズ(要件定義フェーズ、導入フェーズなど)、タイプ(ウォーターフォール型、アジャイル型)のプロジェクトを経験できるようアサインされます。また、育成過程で実際にステークホルダーとの調整仕事を体験する機会も設けられており、かなり手厚い育成サポートを受けることができます。

(資料5)B社の育成標準モデル、筆者作成

CoEやCoPの構築が課題に対する選択肢の一つ

このビジネスアナリストのマネジメントの課題に対し、選択肢として挙がっているものの一つにCoE、CoPがあります。CoEとはCenter of Excellenceの略称で専門家を公的に組織化したものです。CoPはCommunity of Practiceの略で専門家がゆるやかなつながりを持ち、集まったものを指します。こうしたビジネスアナリストが集まる枠組みの中で、ビジネスアナリストを体系立てて育成するための基盤づくりとして、共通のフレームワークやナレッジ、ツールの整備が進められています。ビジネスアナリストが抱えがちなストレスや孤独感を軽減するためにメンター制度の拡充や、社内のビジネスアナリスト同士がケアし合える仕組み作りも進められています。

欧州のC銀行では、各地域や部門に閉じた仕事をしていたビジネスアナリストに対して、5年の月日をかけグローバルのコミュニティを形成した事例があります。その経緯は以下の通りです。コミュニティではイベントの開催や会報による交流、トレーニングの提供などが行われています。

2013年 1000人以上のビジネスアナリストが各地域や部門に閉じて仕事をしている状態
2014年 ある地域でビジネスアナリストのコミュニティ構想が立ち上がる
2015年 ある地域でビジネスアナリストのコミュニティが形成される
2016年 グローバルでビジネスアナリストの役割に対する認識が高まる
2017年 グローバルで各地域のFA及びビジネスアナリストに対して新たな役割が設定される
     2000人規模でグローバルコミュニティが立ち上がる

欧米のビジネスアナリスト育成モデルは日本でも応用できる

ここまで欧州・北米の事例を交えて、国際的なビジネスアナリストの育成事情について解説しました。日本でもビジネスアナリストを自社で育成する企業が、少しずつではありますが増えてきています。コンサルティング会社に頼った業務変革を進めるだけでなく、組織の業務変革に迅速に対応できる社内のビジネスアナリストを持つことで、より変化に柔軟な対応できる組織になると思います。これから社内でビジネスアナリスト育成しようと考えている方がいらっしゃいましたら、前述の事例を参考にしてみてください。

次回は、ビジネスアナリストのコミュニティについて紹介予定です。

お読みいただきありがとうございました。

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ソフトウェア要求 第3版

ビジネスアナリストが扱うスキルのうち、「要求管理」の手法に特化した内容の書籍です。要件定義といった特定のフェーズを扱う書籍は出回っていますが、要求のライフサイクルを取り上げた書籍は少なく、本書は貴重な要求管理の専門書と言えます。ITプロジェクトを前提にしたところはありますが、具体的な例が多く文章もとても読みやすいので、要求管理のスキルアップにおすすめです。


エディター

大山 あゆみ(LTS コンサルタント)

自動車部品メーカーにて、グローバルで統一された品質管理の仕組みの構築・定着化を支援。産休・育休を経て、CLOVER Lightの立ち上げ、記事の企画・執筆を務める。現在、社内システム開発PJに携わりながら、アジャイル開発スクラムを勉強中。Scrum Alliance認定スクラムマスター(CSM)、アドバンスド認定スクラムマスター(A-CSM)、Outsystems Delivery Specialist保有。(2023年12月時点)