コミュニケーションの分解 PMに求められるスキルのサムネイル
リーダーシップ

コミュニケーションの分解 PMに求められるスキル

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2011年11月に掲載されたものを移設したものです。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

曖昧な”コミュニケーション”という言葉

プロジェクトマネジメントを勉強しているプロジェクトマネージャー(以下PM)が必ず出会う言葉に「PMの仕事のXX割はコミュニケーションである」というものがあります。XXには大概「7割」とか「8割」と極端な割合の数値が入りますね。ホントに8割かどうかは置いとくとしても、コミュニケーションがPMにとって重要なのは間違いのないことです。

ただよく考えると、この「コミュニケーション」という言葉は相当曖昧な言葉です。単純に話すことだけでなく、聞く、図解表現を使う、大人数の前でプレゼンテーションをする、相手が表現しきれていない意図を汲み取る、難しい事象を”ロジカルに”説明する、相手を説得する、これら全てコミュニケーションという言葉でくくられているように思います。

「君はコミュニケーション力が足りない」と言われても話すのが苦手なのか、相手の意図を読み取るのが苦手なのか、相手を説得するのが苦手なのか分からないと思いませんか?この漠然としているコミュニケーション力というスキルをもう少し具体的なイメージがつくものに分解できないでしょうか?

PMに必要とされるスキルとは?

まずはそもそもPMに求められるスキルの全体像を整理してみましょう。PMのスキルを定義しているモデルはたくさんありますが、ここでは業務分析の国際標準方法論であるBABOK(R)(=Business Analysis Book of Knowledge)を活用してみます。有名なロバート・カッツのモデルによればマネージャー(マネジメント)に求められるスキルには大きく3つの種類があるとのことですが、それらは以下の通りになります。

コンセプチュアルスキル:周囲の事柄や状況を構造的、概念的に捉え、事象の本質を見極めていく能力。また抽象的なアイデアを具体的なモデルに構築する能力。
ヒューマンスキル:主に対人関係能力。例えば話す、聞く、説得する、他人と協力関係を築くといった能力。
技術スキル:業務遂行上で必要となる能力。例えば業務専門知識や業務上必要なソフトウェア、機器を使いこなす能力。

情報システム系の協会などが出しているPMスキルは技術スキルに記述が偏っているモデル多いのが実情です。BABOK(R)中の”基礎コンピテンシー”の章では業務分析に必要とされる意識やスキルを定義していますが、この中ではコンセプチュアルスキル、ヒューマンスキルについてもバランス良く記述されているのが特徴です。

**********
(2015年8月18日追記)このコラムは四年前に掲載したものですが、2015年4月にBABOKがバージョン2.0から3.0にアップデートしたことで、ここで説明した基礎コンピテンシーも変更されています。例えば「分析的思考と問題解決」には、これまでの従来の「システム思考」のようなスキルに加えて、「概念化思考」と言った新しい考え方も加わっています。 そこでBABOK3.0を元にしたLTSのスキルモデルについて解説したコラムを掲載しました。「システム思考」「概念化(コンセプチュアル)思考」「創造的(クリエイティブ)思考」「デザイン思考」といった最近流行りの各種思考法についても解説していますので、是非こちらもご覧ください。
これからのPMに求められるスキル ヒューマンスキル(前編):LTS流「Analytical Thinking and Problem Solving(分析的思考と問題解決)」
*********

BABOK(R)において定義されている基礎コンピテンシーの内訳は以下の通りです。

【BABOK(R) 基礎コンピテンシー一覧】

カテゴリスキル説明
行動特性倫理全てのステークホルダーを公正に扱い、提案ソリューションが組織全体にとっての最適であるように心がける。また不道徳な行為を理解し、それらの行為を拒絶することができる。
自己管理複数のタスクの納期と作業状況を管理し、それぞれのタスクが最大限効率的に納期までに完遂できるよう心がける。
信頼感ステークホルダーの最大の利益を念頭において行動する。その結果としてステークホルダーからの信頼を得る。
分析的思考と 問題解決創造的思考新しいアイデアや既存のアイデアの新たな応用方法を創出し、問題解決に新たな角度から生産的な検討を加えるスキル。
意思決定決定に関わる人々の意思決定の成功を妨げるポイントや決断の判断基準を理解し、適切に決断する、もしくは決断を支援するスキル。
学習対象領域の必要情報(役割、機能、問題)を網羅的に収集し分析・評価を行った上で、状況を完全に理解し、表現するスキル。
問題解決解決の方向性と前提条件を明確にし、問題に対してのソリューションを代替案も含めて立案するスキル。これには適切な評価プロセスを通して最も適切なソリューションが選択されることを含む。
システム思考人、モノ、外部からの作用、内在する問題といった全ての関連する要素を繋ぎ合わせ、各要素を事象全体の中で表現できるスキル。
コミュニケーション のスキル口頭伝達 (オーラル コミュニケーション)自分自身の意図を口頭で他人に理解させる能力と、他人の発言を正確に理解するスキル。
教えるスキル伝達対象者の学習スタイルの違いに合わせて、適切な表現方法を選択する、また相手の理解度を確認し、必要に応じて表現方法を変化させるスキル。
文書伝達 (文書 コミュニケーション)正しい文章を書くだけでなく、引用や慣用句等を柔軟に使いこなし、相手に理解しやすい文章を書くスキル。
人間関係のスキルファシリテーションファシリテーションとは討議の場で参加者が議論されているテーマに対しての意見を表明でき、参加者間の見解の相違を明らかにした上で、互いを尊重した上で議論を進める環境を提供するスキル。
ネゴシ エーションネゴシエーションとは各派の見解の真の意図を理解した上で、意見の相違を調整し、的確な結論に誘導するためのスキル。
リーダーシップと感化力目標(ビジョン)を提示すると共に、共有した目標の達成に向けて人々を動機付けるスキル。
チームワークチームメンバーを主とする関係者が互いを尊重し、協力関係築く環境を提供するスキル。また対立を解消するスキル。
ビジネスの知識ビジネスの原則とプラクティス業界や組織(企業)を問わずほとんどのケースで共通して見られる業務領域や企業活動の前提となる一般常識に関する知識。
業界の知識業界(例:金融、製造業、建設業等)特有でかつ業界内の組織に共通する一般常識や、同業種内の競争要因、トレンドに対する知識。
組織の知識組織(企業)の特有の業務プロセス、文化・風土、人間関係、社内政治、組織内でのみ通用する特別な認識・ルール等に関する知識。
ソリューションの知識既存のソリューション(例:SAP、CAD)に対する知識と実装のための技術スキル。
アプリケーションの活用汎用アプリケーションビジネス一般に使われる汎用ソフトウェアを使いこなすスキル。Word, Excel, PowerPoint, 電子メール等。
専用アプリケーション特定の目的に対して専用に開発されたアプリケーションを使いこなすスキル。システム開発ツール(言語)、要求管理ツール、モデリングツール(BPMソフトウェア)、フォトショップ/イラストレーター等。

BABOK(R)は業務分析及び業務設計に関する方法論ですが、こうして見てみるとBABOK(R)の基礎コンピテンシーは業務分析・設計に限らず広くマネージャーに必要とされるスキルを網羅しているように見えますね。なおBABOKで「コミュニケーション」という言葉は情報を正しく伝達することに限定しており、ファシリテーションやネゴシエーションといった双方向なコミュニケーションは“コミュニケーションのスキル”とは別のカテゴリに分類されています。

コミュニケーションを分解する

ではこの基礎コンピテンシー内のスキル達を参考にしつつ、具体的なコミュニケーションの現場ではどのような流れでコミュニケーションが図られ、どのようなスキルが活用されているのか説明することを試みましょう。ここでは二つのコミュニケーションの状況を設定してみました。

■大人数の会議のファシリテーターとして意思決定までを議事をリードしなければいけない

このケースでは各部署の代表が集まりそれぞれの利害が絡み合う中で、全体に共通する何らかの方針を伝えて各部署の協力を取り付けないといけないような状況を考えてみました。全社最適での業務変革やシステム導入の現場では確実に発生する場かと思います。

図1 大人数での会議のファシリテーションで必要とされるスキル

■ プロジェクトスケジュール(納期)を計画した後、プロジェクトスポンサーに説明し、承認を得なければいけない

このケースではプロジェクト初期にスケジュールを策定して、納期の承認を得なくてはいけないケースを想定しています。これもどんな種類のプロジェクトでも確実に必要となるコミュニケーションかと思います。

図2 プロジェクトスケジュール承認獲得に必要とされるスキル

今回の例は相当に簡略化しており、たとえば打ち合わせの前の準備段階などは端折られています。また個々のコミュニケーションの進め方は人それぞれでこの例が絶対ということもないです。それでも、二つの例に共通して言えることはコミュニケーションの過程は細かいステップに分解でき、それぞれのステップは多種多様なスキルに支えられているということです。

ここからの学びとしては「コミュニケーション力」というスキルは実態としては存在しなくて、より細かいスキルの集まりを総称してコミュニケーション力と呼んでいるということです。同じコミュニケーションの状況でも、人によってもつまずく場所は違います。それを「コミュニケーション力が足りない」という漠然とした言葉で語るのではなく、コミュニケーションのプロセスのどこでつまずき、何のスキルが足りなかったのかをより細かい単位で語ることが「コミュニケーション力」向上の一歩ではないでしょうか?

なお今回のコラムは2011年7月に行われたPMI日本フォーラムで講演した内容を簡略化したものです。講演の際の資料にはBABOK(R)基礎コンピテンシーのより詳細な説明とモデル等も記載されていますので、興味のある方は「お問合せ」からご連絡くださいませ。講演資料をPDFファイルでお送りいたします。