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学習時間は労働時間に入りますか?

リモートワークの日常化により、自由な労働環境となった一方で、働き方の多様化・勤務実態の不明確化が一気に進みました。そんな社員の勤怠に対する不安や疑問に答えるために「勤怠ルールブック」を作成した事例とその背景を紹介します。
上野 雅子(LTS ビジネスマネジメント本部 人事部 人事管理グループ リーダー)

社労士事務所、福祉系企業人事部などを経て2019年11月にLTS入社。人事労務・産業保健の視点で、安心安全な職場環境づくりにライフワークとして関わり続けたい。健康増進でキックボクシングを習い始めた。資格:社会保険労務士、産業カウンセラー、衛生管理者、健康経営アドバイザー(2022年6月時点)

哈 喬(LTS グループ内部監査室)

LTS新卒入社後、コンサルタント職として、専門商社のSAP海外ロールアウト支援、大手自動車メーカーの管理会計システム運用支援のプロジェクトを経験。2020年7月からグループ内部監査室に所属し、現在はJ-SOX、内部監査を担当。プライベートの時間は、半分子育て半分筋トレ。(2022年6月時点)

「勤怠ルールブック」を作成した背景

内部監査で指摘したリスクへの対処

―――前編でも少しお話頂きましたが「勤怠ルールブック」を作成するに至った背景や状況について教えてください。

哈:
内部監査室としてここ数年に実施したLTS社内の監査の結果、フレックス勤務で働く従業員のうち36協定に抵触しかねない残業時間で働いている方が数名いました。
この対策として、人事部などバックオフィスが問題解決の責任を持ち人事部長と一緒に改善策を考えていました。しかし、なかなか状況が改善されませんでした。

あらためて昨年これを重大な解決すべき課題と定義して検討を進めた結果、

「残業時間の把握・管理に必要不可欠な勤怠管理が適切に行われていない
「勤怠管理の課題解決の責任は勤怠情報を管理している人事部門ではなく、勤怠を正しく把握し入力する各社員やその上長および組織長(主にはコンサルタントやエンジニアの所属するフロント部門)にあるのではないか?」

という結論に達しました。

この結論をベースに「勤怠管理の役割責任や勤怠ルールを各社員が正しく理解し勤怠を入力する。上長は部下の労働時間を管理する」というあるべき状態について、各フロント部門の部長と議論をすることにしました。ただ、この議論をするにあたっては「勤怠入力について現状はどんな状態なのか」「どのような状態が目指す目標なのか」を整理しておく必要があります。

そのため、まずは現在の勤怠入力について各部の状況を調査するところから始めました。

勤怠入力の状況を調査し現状を把握

哈:
活動を開始した昨年2021年の6月頃の勤怠入力の状況は、各部によって傾向が分かれていました。

比較的しっかりと入力している部門では「ルールだからやろう」と部長やマネージャーが率先して勤怠を入力し、部内への声掛けもしていました。
対して、あまり入力できていない部門もありました。話を聞くと「ルールは分かっているけどどういう意味があるの?」という疑問が先に来てしまっていて、やるのであれば納得してやりたいという気持ちがあるようでした。
また別の部では「ルールは理解しているが入力できる端末がない」という状況も発生していて勤怠入力ができていませんでした。物理的な環境の問題です。これについては、携帯端末からの入力ができるようにスマホアプリを導入することで解決されました。

これら、一つ一つの状況についてヒアリングしておおよその課題が見えてきました。

勤怠入力ができていない原因を分析

哈:
まずは入力タイミングについてのルールの認識不足です。

一つ目の問題として「毎日の勤務開始と勤務終了時に勤怠情報の入力が必要」というルール自体を知らずに「月末に入力できていればいい」と考えているケースがありました。
もう一つは、ルールは知っていて「月末までに勤怠情報を入力しないと給与計算など後続する業務に影響が出ることは分かっている。でも、毎日入力しないといけないのはどうして?日々の入力に何の意味があるの?」という疑問を持っているケースです。

また別の問題として、入力する時間や判断についてのルール認識不足がありました。

現在のリモートワークという働き方のために、働いている時間と休憩扱いの時間の線引きが分からず「この時間は労働時間に入るのか分からない」と思って適当に入力してしまうケースなどです。

また「どこまで細かいルールがあるのかよく分からないので、とりあえず9時~18時で入力しておけばいいだろう」と考えている社員も多くいました。

明確なルールとケースを提示したQA・判断基準の提示が必要

哈:
社員の勤怠入力ルールの理解・認識不足があることが分かったため「明確なルールの提示」が必要だと人事部に伝えました。

そこで、まずは社員向けの通達等、ルールを明確にした文章を展開することをアドバイスしました。しかし、問題の原因を深掘りすると「移動時間をどう考えればいいか?」「休憩時間の入力のしかたが分からない」「学習時間の扱いは?」など、具体的な疑問に答えるための判断基準が分からないと正しい勤怠入力にはつながらないのでは?という結論に至りました。

結果として、ケースごとのQAまで提示した「勤怠ルールブック」を作成することになりました。

社内のどこでも同じルール・労働時間管理は全社員で、という状態を作りたかった

―――実際に勤怠ルールブックの作成をした上野さんに聞きますが、どのような検討を踏まえてルールブックに書く内容を決めたのでしょうか?

上野:
社員からの質問では、上司によって言うことや勤怠入力についての指示が異なる、という意見がありました。こういった問題はしっかりとルールを提示することで、社内のどの部門でもどんな上司でも同じルールで働く、という状態を作りたいと考えていました。

また、QAの提示以外に、そもそもの前提となる「労働時間管理の目的」「労働時間管理の役割責任」も今回のルールブックで示しました。

「労働時間管理」は人事がやるのではなく全社員で行うものだという認識で、社員・上司(承認者)・部門長・人事でそれぞれどのような役割責任を負っているのかを理解することが必要だと考えています。

これまでは社員の心理として「勤怠のことは人事」という意識があったのではないかと思います。この認識を変えて、自分の部下のマネジメントの中に「勤怠もその一部」という意識を作りたかったのです。人事管理だけが勤怠を管理するのではなく、社員全体がルールを理解し勤怠の責任を持つ状態にしたいという思いがありました。

学習時間は労働時間に入りますか?

業務性や目的で判断し上長とのコミュニケーションで決める

―――勤怠のルールを明確化するにあたって、悩んだところはありましたか?

上野:
勤怠ルールブックを作る中で最後まで議論したのは、学習時間の取り扱いです。ルールブックに載せているルール自体、LTSオリジナルのルールではなく法令に則った内容です。それを前提として「この勉強は勤務時間に入りますか?」という質問に対して「はい」「いいえ」で一律で分けられる基準は基本的にはありません

判断の軸として、業務性の高さ・上長の指揮下にあるか・何のためのどういう学習なのか、といった基準が必要です。誰が見ても判断軸は同じになるようにルールブックではまとめています。

その上で、判断軸や基準は書いていますが、それによるシンプルにマル・バツではないので、上長と都度確認して答えを出してほしいと思っています。その判断や答えは、誰か、たとえば人事担当にお願いして出してもらうものではありません。一緒に考えることはありますけど、社員本人が上司とコミュニケーションをとって判断するものだと考えています。

入浴時に仕事のことを考えていたら勤務時間ですか?

上野:
他によくある話として「お風呂に入っているときに仕事のことを考えてアイデア出しをしています」というのがあります。仕事のために考えている時間だから(入浴中でも)勤務時間という理屈だと思いますが、これは勤務時間と考えていません

外観的にも内面的にも、仕事をすると決めて仕事している時間なのか?という軸で判断しています。人間、頭はずっと回っているのでプライベートの時間に仕事のことを考えることもありますが「仕事とすると決める」という切り替えをしないままの時間は、日常生活の延長と考えています。

「時間があったら休む」ではなく「計画的に休む」

ランチミーティングは業務か休憩か?

―――休憩時間の判断についてよくある質問はどんな内容でしょうか?

上野:
質問は多くありませんが、直面する場面として多いと思うのはランチミーティングです。
交流のためのランチは「ランチ」でいいのですが、何か業務上の目的をもってミーティングをしている場合は業務時間だと判断しています。

LTSでは「ランチまだ食べてないんです」という声をリモートワーク前からよく聞いていたので、しっかり時間を決めて休憩をとってほしいと思います。

特に忙しいマネージャー以上の社員で休憩をとれていない人が多いのですが、上司が率先して休憩や休暇とれることが大事です。部署で見ても、計画的に休んでいる上司がいる部署では部下もしっかり休めています。

時間ができたから、たまたま余裕があったから休憩する、食事をとる、有給休暇を使う、も大事ですが、ちゃんと計画的に休めるような組織になりたいし、なるべきだと思います。

勤怠入力をオン/オフの区切りに

上野:
休まないと、生産性が下がると思うんです。
体調不良による労働生産性の損失を考える時に、なんらかの病気で会社を休む状態をアブセンティーイズムと言って、これは損失として分かりやすいです。一方で勤務はしているものの体調が優れず、生産性が低下している状態をプレゼンティーイズムと言いますが、目につきにくい労働生産性の損失として注目されるようになりました。イメージしやすい例えで、花粉症の人は花粉の季節はパフォーマンスが落ちると思いますし、ちょっと体調が悪くて頭痛があったら、自覚は薄くても普段より生産性は落ちています。

あとは睡眠も大事です。働く時間のために何の時間を削るかというと、睡眠時間を短くしがちです。でも、寝ていないとパフォーマンスは落ちます。産業医の先生が言っていましたが「寝ていないで仕事をしているのは、お酒を飲んで車を運転してる状態と一緒」だそうです。酔っぱらって運転していると事故を起こすように、仕事の不注意やミスの背景にはそういうことがあるかもしれません。

だからこそ、勤怠を入力することで仕事の時間との区切りにしてほしいです。勤怠を入力して今日の仕事始める、退勤時間を入力して今日の仕事は終わり!と、区切りを付けられます。
オンオフの切り替えという意味でも、毎日実際の勤務時間を把握するという意味でも、日次の勤怠入力は大事だと思っています。

リモートワークで多様化した働き方にどう向き合うか

在宅勤務でもオンオフの切り替えを

―――オンオフの切り替えの話がありましたが、リモートワークで在宅での勤務だと切り替えがこれまで以上に大事になりますね。

上野:
リモートワークになって通勤時間がなくなった結果、可処分時間をどう使うか?の結果は二極化したと思います。プライベートの時間が増えてやりたいことができるようになった人がいる一方で、増えた時間をそのまま全部仕事に投入する人も出てきました

また、オフィスでは例えば夜の12時まで働くことは簡単にはできなかったですが、在宅だと深夜の2時まででも簡単に働けてしまいます。人によって働き方を変えられる範囲が広くなったので、会社としてよりよい働き方ができるように工夫していく必要があると思っています。

在宅勤務でも切り替えを大事にしてほしいと思います。従来のようにオフィスに行く、帰るという切り替えはできませんが、在宅でも「仕事が終わったらパソコンに鞄をしまう」「仕事をする机と場所を決めておく」「仕事が終わったら散歩に行く」などの切り替えを実践している人もいます。仕事用のPCがすぐ触れる状態だとつい見てしまうので、そうならないように工夫しているようです。できることは人によってそれぞれですが、自分に合った切り替えの方法を試してみてほしいです。

社員の声をもとに働きやすいルールを作っていく

―――会社として可能な社員の働き方のサポートとして、今後どのようなことを予定していますか?

上野:
社員の意見を出しやすい場として、各部からメンバーを集めた安全衛生委員会を開催しています。そこでメンバーやその周りの同僚の声をしっかり出せるようにして、社員の声を基にしたルール作りをしたいと思っています。トップダウンや経営層が決める、ではないダイレクトな声や意見を大事にしていきたいです。

―――そうですね。トップが突然「明日から全員出社」と決めてしまうような会社もあるので、社員の意見を直接拾える場を設計しておくことは大事ですね。

上野:
突然誰かが決めたルールが下りてくるのでは、やっぱりモチベーションが下がりますよね。そうならないように、しっかり社員を巻き込んでこの先の働き方を考えていきたいと思います。


ライター

忰田 雄也(LTS マーケティング&セールス部 部長代行)

SE・テクニカルライターを経て、LTS入社。ERP導入や業務改革におけるユーザー向け広報・教育企画および業務文書改善など組織コミュニケーションに関連するコンサルティングに従事。2017年よりLTSコンサルティング事業のマーケティングを担当。2021年より本サイト「CLOVER Light」の立ち上げ~運営・編集長を務める。(2024年1月時点)