本書の第一章では、ビジネスプロセスの基本を解説しています。「第一章 ビジネスプロセスはお客様の期待から始まる」を抜粋して紹介します。
お客様に始まりお客様に終わる
まず、ビジネスプロセスという言葉の定義から考えていきましょう。
「BPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)」という言葉を生み出したマイケル・ハマー氏は著書の中で、ビジネスプロセスを「最終的に顧客への価値を生み出す一連の活動」と表現しました(『リエンジニアリング革命―企業を根本から変える業務革新』マイケル・ハマー、ジェイムズ・チャンピー、日本経済新聞出版)。
BPRは企業のビジネスプロセスを全体最適で抜本的に見直し、劇的な効率化や高度化を目指すプロセス変革の考え方の一つです。本書ではこれを少しアレンジして「お客様に始まりお客様に終わる価値提供のライフサイクル」と定義しました。皆さんにもなじみの業種を例に、この定義を詳しく考えてみましょう。
電車が止まった! どうする?
この本を手に取った方の中には鉄道で通勤している方がたくさんいらっしゃると思います。日本の鉄道は時刻表に正確な、すばらしいサービスを提供しています。ところが普段が正確なだけに、ひとたび悪天候や事故で定時運行ができなくなったとき、乗客は慌ててしまいます。駅で遅延や運休を知らせるアナウンスが聞こえた瞬間に、代替の交通機関に走る人、携帯電話で遅延原因や運行状況を調べる人、次のアナウンスを待つ人と反応はさまざまです。
このような異常時にお客様への情報提供を行う仕事(異常時情報提供プロセス)は、鉄道会社にとって最大の悩みの一つです。これは鉄道の運行ダイヤが乱れた際に、遅延原因や復旧予定時間、代替移動手段などをお客様に案内する業務なのですが、実は鉄道会社に寄せられる苦情の中で、遅延や運休に関するもの以上に多いのがこの業務に関する苦情なのです。
顧客満足度調査には「悪天候で電車が止まるのは仕方ないが、とにかく正確な復旧情報を早く欲しい」といったようなコメントが並びます。天候事情などで列車が遅れたり運休したりすることは鉄道会社でもどうしようもないが、情報提供は自助努力でなんとかなるだろうと考える人が多いためです。異常時の情報提供は鉄道会社への印象を最も左右するサービスの一つなのです。
しかし、何か異常が発生した際に関係部門が迅速に状況を共有し、正確にお客様に情報を届けることは決して簡単ではありません。なぜなら一般に鉄道会社の組織は、駅員や駅設備を管轄する駅部門、車両運行や乗務員(運転士や車掌)を管轄する運行部門、線路や架線を管轄する工務部門等に分かれており、異常時の情報提供ではこれらの部門を横断で、しかも迅速に情報をやり取りする必要があるからです。
それぞれに顧客体験を実現
例えば走行中の列車の運転手が架線にビニール袋が引っかかっているのを見つけたとします。運転手は列車を停止させ安全を確保したうえで、すぐに指令室(会社によっては司令室)と呼ばれる列車の運行を管理している部門に状況を連絡します。そして、指令室は付近を走行している列車に停止や徐行を命令します。同時に線路や架線の保守を行う部門(工務部門)に連絡し、復旧活動が始まります。
これらの安全確保や復旧の動きと並行して、指令室から駅や各列車に遅延原因や復旧見込み情報が配信され、最後は利用するお客様に届きます。またこのような情報は、自社ウェブサイトや社外の交通情報サイトにも連携されます。普段私たちが受け取っている遅延情報や復旧見込み情報は、このように多くの人たちの連携で配信されているのです。
この情報提供の流れは一つのビジネスプロセスです。このプロセスにおけるお客様の期待は「列車の運行情報や復旧見込みを速やかに知りたい」というもので、これがビジネスプロセスの出発点になります。この期待に応えるために、鉄道会社の社内では多くの人や組織が連携します。情報を伝える過程で無線機器や、情報システム(IT)も活用されます。この結果、お客様に運行情報が届きます。
このとき、お客様の置かれている状況は、車内にいる人、駅にいる人、これから家や会社を出ようとしている人などさまざまです。さらに外国人や障がい者の方もいるわけですから、それぞれのお客様の状況を考えて、異なる顧客体験を実現しなければなりません。
このような、お客様の期待から始まり、社内の人、モノ、情報といったありとあらゆる要素が連携して、最終的に期待に沿った製品、情報やサービスが提供される工程をビジネスプロセスと呼びます。
中心を貫く〝背骨〟こそが業務
ビジネスプロセスの中心を貫く〝背骨〟に当たるものが業務です。業務は、前工程から何らかのインプットを受け取り、何らかの処理を加えたうえで、後工程にアウトプットを送り出します。このインプット、処理、アウトプットのひと塊のセットが業務です。
すべてのプロセスはこの業務が連鎖することで成り立っており、先ほど紹介した異常時情報提供プロセスも「異常の通報」「列車への停止指示」「復旧指示」といったさまざまな業務から構成されています。そして、多くの場合はそれぞれの業務も、より細かい業務に分解できる一つのビジネスプロセスです。ビジネスプロセスとは、いくつもの業務の集合体だとも言えます。
お客様は、企業活動のありとあらゆるところでプロセス開始のきっかけになります。例えば製造業であれば、市場調査の結果やお客様の声で製品企画のプロセスがスタートします。これが製品提供のプロセス(サプライチェーン)であれば市場(つまりお客様)の需要予測やお客様からの注文でプロセスがスタートします。どちらにしても最終的には製品やサービス、時に広告や問い合わせへの回答といったさまざまな形でお客様に価値が届きます。そして、お客様は製品やサービスを利用した結果、新たな期待や要望を持つようになり、それはまた新たなビジネスプロセスを駆動させるきっかけとなります。
このような、お客様に始まりお客様に終わる価値提供のライフサイクルこそがビジネスプロセスの本質です。ですから自社のビジネスプロセスを語るとは、自社がお客様に価値を提供する仕組みを説明することにほかなりません。本書でビジネスプロセスを「お客様に始まりお客様に終わる価値提供のライフサイクル」と定義した理由がおわかりいただけたのではないでしょうか。
ビジネスプロセスマネジメント(BPM)は、ビジネスパーソンの必須スキルとして重要視されているものの、いまだ正確なイメージを持てずにいる人・組織は少なくありません。
本書は、BPMの考えや仕組みをわかりやすく解説し、業務理解の入門書として好評を博した前著『ビジネスプロセスの教科書』(2015年7月刊行)をもとに、業務のデジタル化や経営環境の変化など最新の潮流に伴う変化を反映しました。
さらに、数多くの事例を通してビジネスプロセスにおける課題を浮き彫りにし、全体の構造を見抜く視点や考え方、人・組織のあり方、効果的に変革していくための方法を解説し、全体の7割をアップデートした大改訂版です。経営者や現場に携わる業務担当者の疑問に答える、BPM書籍となっています。出版社:東洋経済新報社(2022年11月18日)