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プロセス変革・業務改革

【解決・会社あるある~BPMが企業成長に必須な理由】②数値よりも…ストーリーが人を動かす

ビジネスパーソンであれば必ず経験する苦い「会社あるある」の根本原因を特定し、業務改善へ導く――。現代の必須スキルであるビジネスプロセスマネジメント(BPM)を、LTSの山本政樹がさまざまなケースをもとに解説した「ビジネスプロセスの教科書」(東洋経済新報社、2015年7月)、さらに全体の7割をアップデートした2022年12月の大改訂版「ビジネスプロセスの教科書 第2版~共感とデジタルが導く新時代のビジネスアーキテクチャ」は、最も新しく実践性の高い書籍と評価をいただいています。

本書の第六章では、言葉と数値の大切さ、その違いを述べています。「第六章 あなたは自分の仕事の価値を語れるか」の一部を抜粋して紹介します。BPMの考えや仕組みを理解し、業務改善の一助にしていただければ幸いです。
山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

KPIの落とし穴 仕事の意義は言葉から生まれる

KPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)という言葉は、厳密な定義や共通認識がある言葉ではないので、細かいことにとらわれる必要はありません。最終的にどのような手法を活用したとしても、真にKPIが効果を発揮するかは、プロセスに集う人々が、自身の組織とプロセスのありようをどれだけしっかり考えたかにかかっています。

通販倉庫の入荷検品の担当者だったとして

通販倉庫の入荷検品の担当者だったとして、上司にただ「あなたの目標は不備検知漏れの発生数を月当たり3件以内におさえることだ」と言われるのと、プロセスの目的をしっかり説明されたうえで「あなたが検品をしっかりしなければ、お客様には不備のある商品が届き、後工程のプロセスの担当者には多大な迷惑がかかる。だからあなたは検品作業をおろそかにしてはいけない。そのために当面の数値目標は不備検知漏れの発生数をせめて月3件以内にしよう」と言われるのと、どちらが仕事にやる気を持てるでしょうか。

定量指標自体は必要です。言葉だけでは達成すべきゴールが曖昧になってしまうからです。ただしそれは、仕事の意義が言葉でしっかり説明され、担当者が納得していることが前提にあります。そのうえでお互いの認識の精度を高めるために使われて、初めて意味を持つものなのです。

目的や目標の議論を十分にしないまま、浅い認識で定量指標を設定しようとしてしまうことは少なくありません。私は「目標設定に使えるKPIのサンプルリストはないですか」と依頼されることがあります。結論から言えば、このようなリストは業務領域別、業種・業界別にさまざまなものがあって、ネットで検索するだけでも多くの事例がヒットします。それらのリストをお渡しすることは簡単なのですが、私がそのように依頼された場合は「まず目的と目標をしっかり自分たちの言葉で表現してください」と返答しています。KPIのリストを求めるということは、改善活動や部門計画の立案に際して、何か手っ取り早く定量目標を設定してしまいたいという意識の表れに見えます。

数値は人の意識を強く支配する

KPIのサンプルリスト自体は有用な資料です。KPIの考え方には無限のバリエーションがあり、同じような目標であっても測定方法にはさまざまな選択肢があります。それらをすべて一から考えることは非効率ですから、まず十分に目的と目標の議論をして方向性を確立したうえで、その目標を数値で表現する際の考え方の参考にするのであれば、うまく活用できるように思います。ただ、前提となる目的と目標の議論がされていない状態でKPIリストを参照してしまうと、意義を説明できない曖昧な目標に対して明確な定量指標がセットされるという不健全な状態が起きます。

米国最大手の銀行の一つ、ウェルズ・ファーゴでは、2016年に営業担当者が顧客の同意を得ずに勝手に口座を開設したり、顧客のクレジットカードを発行したりするという不正の横行が発覚しました。これが明らかになったことでウェルズ・ファーゴが被った損害は算出不能なレベルで、当局からの罰金や制裁金、集団訴訟の和解金、個人顧客の獲得数の減少など最低でも数十億ドルに達したようです<DIAMONDハーバード・ビジネスレビュー「目先の数字にとらわれて目標を見失っていないか」(2020年3月号)>。

この不正の一因と言われているのが、経営陣がリテール事業における業績指標を「クロスセリング指標」としていたことです。クロスセリング(クロスセル)とは既存のお客様にさらに別の金融商品の購入を促すことで、クロスセリング指標とは、このクロスセルの件数を示す指標です。経営陣は、既存のお客様にさまざまな金融商品を保有してもらうことでウェルズ・ファーゴとの長期的な関係性を深めたい、つまり「ロイヤルカスタマー」を生み出したいと考えたのです。そして、クロスセリング指標はそのための活動がうまくいっているかを管理するための指標でした。

ところが、高いノルマやインセンティブと紐づけられたこの指標は、従業員に大きなプレッシャーをかけ、その行動をお客様との関係性を深めることではなく、単純に数値を伸ばそうとする側に駆り立ててしまいました。その結果として行われたのが前述の不正です。本来の目標はあくまでもお客様との関係を深めることでした。しかし経営陣は、その本来の意図を従業員にしっかり伝えようとしていたのでしょうか。

数値には人の意識を強く支配してしまう性格がありますが、数値自体はその意味を語ってくれません。ですから、仕事の大切さを自分たちの言葉でしっかりと話せるようにならなければ、その仕事の本当の目的や目標にはたどりつけないのです。数値は最終的に正しく認識を共有するために必要なものではありますが、仕事の意義は常に言葉から生まれるということを忘れないでほしいと思います。

数字の増減だけを気にしても…

米国のサウスウエスト航空では、2000年代前半に当時のコリーン・バレット社長が大規模な顧客満足度調査をやめさせ、顧客からのフィードバックを望む社員は、もらった情報をどうするつもりかを説明したうえでフィードバックを依頼する手紙を自分自身で書く、という方針を打ち出しました<『The top 10 reasons you don’t understand your customers』(Fred Reichheld)>。

確かに空港や機内での接客といったプロセスは、コストと時間をかけて行った大規模な満足度調査の点数よりも、たった一人のお客様の体験談を親身に聴くことのほうが、改善のためのインプットを得られることがあります。プロセス変革を進める際には、このような身近で定性的な情報と、定量的な情報をうまくバランスをとって使い分けたいところです。

多くの会社がお金をかけて大規模な顧客満足度調査を行いますが、社員はその数字をあまり真剣に受け止めていないことがあります。実はお客様は自由記述欄にプロセスの変革につながるような真剣な意見を書いてくださっていることもあるのですが、このようなコメントはほとんど読まれることはなく、ただ顧客満足度が何点というような数字の増減だけが気にされます。

しかし、ある国で疫病の犠牲者が何万人いるといった報道より、病気で苦しんでいるたった一人の子供の映像のほうが人を行動に駆り立てることがあるように、人は数字よりもそこにある具体的なストーリーに心を動かされる傾向にあります。本書の第一章で鉄道会社の「異常時情報提供プロセス」の事例を紹介しました。このとき、私は社員のお客様への意識向上のために、お客様満足度調査の内容を各支社に説明してまわる取り組みに参加させていただきました。

ところが、各支社のセッションでは、顧客満足度の数値の動向を説明しても、あまり興味を示してくれない社員の方もいました。確かに社員からすると昨年は3・4点であったお客様の満足度が3・2点に下がったと言われても、何が原因で何をしたらよいのかわかりません。0・2ポイントという違いをどう捉えてよいのかもわかりません。

職業人としての責任感を刺激するもの

私はこのときのセッションで、数値の説明以上にお客様が調査の自由記述欄に記述してくれた不満の声や感謝の声を紹介することに時間をかけました。また、テキストマイニングの技術を使って、自由記述欄に頻出する言葉が、お客様の総合満足度に大きな影響を持つことも説明しました(このときに特に強い相関を持つのが第一章で説明した異常時の情報提供に関わるものだったのです)。

このような具体的なエピソードを聞くとセッションに参加している社員の目の色が変わります。例えば、自由記述のコメント欄に書かれた「×月×日に○○駅で、電車が止まった際に、原因や状況についてのアナウンスがまったくなく、ホームで一時間待たされた」というようなエピソードを聞くと、その場にいた社員の方からは「あのときの遅延は災害現場も混乱していて情報が届くのが遅れた」とか「田舎の駅は情報伝達の設備が追いついていない」といったようにコメントの原因や対策に関する議論が大変に盛り上がりました。

結局のところビジネスプロセスを運営するのも、変革するのも人間です。この場合は、数字だけで物事を説明されるよりも、具体的なエピソードのほうがよっぽど職業人としての責任感を刺激されたのでしょう。確かに特定のお客様の声や従業員の体験談がすべてのお客様の声を代表しているわけではありませんから、客観性には疑問符もつくかもしれません。ただ社内への説明責任を果たすために、取り組みの妥当性を裏づける情報を収集し、分析し、客観的と思えるデータに加工することが必ずしも労力に見合うわけでもありません。このようなデータがそろっていなくても、リスクの低いアイデアであれば「まずやってみる」の精神が必要なときもあります。

KPIばかりに頼るのではなく、かといって定性情報だけを頼りに闇雲にプロセス変革に走るのでもなく、定量的な情報と、定性的な情報の双方をうまく活用して、効率的な変革を心がけたいものです。


ビジネスプロセスマネジメント(BPM)は、ビジネスパーソンの必須スキルとして重要視されているものの、いまだ正確なイメージを持てずにいる人・組織は少なくありません。
本書は、BPMの考えや仕組みをわかりやすく解説し、業務理解の入門書として好評を博した前著『ビジネスプロセスの教科書』(2015年7月刊行)をもとに、業務のデジタル化や経営環境の変化など最新の潮流に伴う変化を反映しました。
さらに、数多くの事例を通してビジネスプロセスにおける課題を浮き彫りにし、全体の構造を見抜く視点や考え方、人・組織のあり方、効果的に変革していくための方法を解説し、全体の7割をアップデートした大改訂版です。経営者や現場に携わる業務担当者の疑問に答える、BPM書籍となっています。出版社:東洋経済新報社(2022年11月18日)