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プロセス変革・業務改革

サイロを超えて困難を実現<脱部門最適! 全体最適な組織運営のポイントとは>(上)

LTSの山本政樹は2023年12月に開かれた「第18回デジタル業務改革/BPMフォーラム2023」(公益社団法人 企業情報化協会=IT協会=主催)で「脱部門最適!~全体最適な組織運営のポイントとは~」をテーマに講演しました。全体最適の組織運営を実現する手法と思考法を、具体的なケースを通して解説しています。講演録をお届けします。
山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

困難な全体最適 どう実現するか

組織の機能サイロを超えEnd To End、QCD(Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)を最適化した状態で、お客様に価値を届けることがビジネスプロセスの大きな命題です。しかし、現実の組織で全体最適を目指すことはすごく難しいのもまた事実です。いったいどこに課題があり、何がポイントなのか――。5つの事例を通して考えます。

BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング) 事業の組織や制度を見直し、ビジネスプロセスの視点で職務や業務フローなどを抜本的に作り直すこと
機能サイロ 組織やシステムが分断され連携できなくなっていること
End to End 事業プロセスの始まりから終わりまでを一貫して実行すること。個別・部門最適を超えた、お客様を起点にしたプロセスの全体像

ビジネスモデルの3つの骨格

全体最適の話に入る前に「ビジネスプロセスとは何か?」の言葉合わせをできればと思います。ビジネスという言葉を平易に訳すと「事業」です。事業というのは、お客様の期待に基づいて提供したサービスに対価を頂くことで成り立つ活動の総称です。事業を大きく2つの要素に分けると、アイデアを考え、それを実行力に転換することで成り立っているという見方ができます。

例えば、レストランを開きたいと思ったら、どんな料理にしよう、どんな価格帯で、どんなお客様に、どういう場所で、どんな特色を出せば支持されるかと考えると思います。これがアイデア、一般にビジネスモデルと呼ばれるものです。ただ、アイデアを考えたら明日からビジネスできます、と言ったらそんなことはありません。実行する力、ビジネスプロセスに転換する必要があります。店舗を確保して什器を入れて、様々な手順を決めて従業員を訓練して…結果的にサービスや製品がお客様に届くことになります。ビジネスは、モデルをプロセスに落とし込むことで成り立っています

ビジネスモデルの中でも特に骨格となる要素が三つあります。①お客様は誰で、どういう期待を持っているか②お客様に提供する価値は何か、それを具現するサービスや製品の具体的な姿はどのようなものか③お客様からいくらの対価をどのようにいただくのか―です。この三つの要素が特にビジネスモデルで大切になっています。

そして、厳密に言えば、価値と製品・サービスというのは似て非なるものです。

価値と製品・サービスは異なる

例えばコーヒーショップ、スターバックスとかタリーズを考えてみてください。その価値は何でしょうか。皆さんどんな用事で行きますか? 私は、仕事や読書という用途が一番多いです。コーヒーを買いに行くというより、時間や場所が欲しくて行く、という面が強い。こういう方は多いと思います。実際、スターバックスはブランド・コンセプトに「サード・プレイス」という言葉を使っています。「第3の場所」、仕事や家庭の場ではないリラックスできる場所、自分の時間が持てる場所、そんな場所を提供するのが私たちの使命です、ということです。

多くのコーヒーショップが提供している価値は、コーヒーそのものより、こういう時間や空間・場所ということが多いのです。もちろん、ショップによっては「最高のコーヒーが価値です」というところもあると思います。何に価値を見出すかは、ショップそれぞれです。そう考えると、お客様の価値は空間や時間・環境であり、それを演出するためにコーヒーやサンドイッチを提供し、素晴らしい空間のあるお店を作る。お客様と店員とのコミュニケーションも素晴らしい時間・場所を演出するための演出物、という見方ができると思います。

これが価値と製品・サービスの違いです。価値とは、お客様が本当に対価を払うに至ると考える一番大事な部分です。それを生み出すための演出物として製品・サービス群が存在しています。一見すると値段がついていないもの・コトの中にも価値やそのためのサービスがあると言えます。

ここからが今日の本題です。ビジネスプロセスの役割は何かと問われたら、この「価値設計」つまりビジネスモデルに基づいて、確実に価値を生み出すことができる製品・サービスをお客様に届ける仕組みづくりということになります。

会社には様々なビジネスプロセスがあり、これらが連携しています。店を設置したり撤退させたりするプロセスがあれば、店を設計・作り込むというプロセスもあります。また、商品を開発するプロセスもあれば、店舗運営のプロセスもあります。その裏側では、原材料を調達するプロセス、衛生管理の手順を決めるプロセス、さらに人事のような店舗の従業員を採用して店舗に送り届けるプロセスもあります。こうやって価値設計から分解された様々な製品・サービスを届ける仕事を分担して、しかも、裏側には仕事を支えている仕事もあって…と見ていくと、その会社のビジネスプロセス構造が現れます。

ビジネスプロセスの役割とは、価値設計に基づいて製品・サービスを着実にお客様に届けることです。ここで言うお客様は、広い意味を持ちます。例えばIR(インベスター・リレーションズ)の仕事であれば、お客様は株主・投資家と考えることもできますし、CSRやSDGs活動であれば地域社会、環境や生態系と捉えることもできます。プロセスの仕事の成果を最終的に受け取る受益者の方、これが企業から見たお客様です。お客様という言葉を広く捉えていただけると良いかなと思います。

つまり、ビジネスプロセスとは様々な業務が連携してお客様に製品・サービスを通して価値を届ける構造のことです。価値を受け取ったお客様は、新たな期待や要望を持つようになり、プロセスを駆動させるきっかけにもなります。ビジネスプロセスはお客様と一緒にグルグルと価値共創のライフサイクルを回す構造だということもできると思います。

さて、本題である「部分最適、部門最適と全体最適」です。5つの事例を紹介します。

事例1.鉄道会社全体の顧客満足度を左右することは

一つ目の事例は鉄道会社です。

鉄道会社の中には、異常時の情報伝達を担うプロセスがあります。電車が止まった、事故があった時に、お客様へ速やかに運行状況を知らせる仕事です。私はこの仕事の分析をしたことがあります。様々なところにボトルネックがあり、事故状況・復旧に関する情報がお客様に届かない現場の状況を目の当たりにしました。

このケースで起きていた部門最適・部分最適と全体最適の食い違い一つの例は以下の通りです。

駅員さんに、お客様になぜ復旧情報が届かないのですかと聞くと「指令室から情報が来ない」とおっしゃいます。ところが指令室に聞くと皆さん「出せる情報は出している」と言うのです。では、どこから出ていないのかというと、まさに復旧作業を担っている事故・災害現場の工務部門の方々でした。しかし、ですね…。

工務部門の方々は一生懸命、事故の復旧をしています。それこそ雪崩で埋まった線路を掘り出したりしているわけです。そんな中で「情報を寄こせ」と電話かかってきたとしても、対応することは難しいのです。ところが鉄道会社全体から見ると、復旧を最優先でやること復旧状況をお客様に届けること、どちらが全体最適、優先事項かと言うと、実はお客様に情報を届ける方が優先事項なのです。皆さんの立場に立って考えてもらえるといいと思います。電車が止まっていつ復旧するか分からないとイライラしますよね。情報を伝えるために復旧作業が3分ロスしたとしても、お客様にとっては、むしろ復旧状況が分かることの方が大事なわけです。

現場の方が復旧を急ぐ気持ちはよく分かります。一方、会社としては必要な情報をお客様に届けるということの方が優先順位は高い。実際、顧客満足度調査で鉄道会社の評価を最も左右する関心時は、異常時の情報伝達が正確に速やかに伝わるか、です。この食い違いによって起きるのが、お客様の満足度低下です。

そこで、まず工務部門の人たちとこの構造を共有しました。それだけで変わりました。それまで本社から電話がかかってくると、すごく面倒と思っていたのですが、お客様に届く情報だと分かると、きちんと対応するべきだとおっしゃる工務部門の方もいました。

もちろん、復旧は大事なので、復旧と情報を流すことを両立できるやり方はないか考えました。復旧はプロである工務部門の人しかできません。でも、情報を流すのは工務部門以外の人もできます。であれば、情報伝達係を現場に置こうとか、いろいろなアイデアが出ました。そうやって解決への方向を探ったのが、この事例です。身近な例で分かりやすい、目の前の最適と全体の最適の違いの一例と思います。

事例2.板挟みになる流通管理部門

次は流通業の事例です。発注部門の人は売れ筋商品をとにかく発注したい一方、倉庫には限りがあります。倉庫の担当者からすると、山のような商品が来ても受け入れられないので、必然的に入らない商品は受け入れられません、となってシャッターを下ろしてしまう。これが問題化していました。

その結果、流通管理部門が困ったことになる。倉庫に入らない商品のために外部倉庫を使えば費用がかかる、デマレージと言いますが港から出せなくなるとコンテナが滞留して延滞料金がかかったりする。最も困るのは、倉庫が商品を受け入れられないことによって 売れ筋の商品が欠品となることです。

流通を管理する部門が板ばさみになっていて、しかも会社だけでなく、社会問題化してもいます。

入港に手間取ることでトラックの荷待ちが発生します。ドライバーさんの作業環境、業務環境を阻害するので、政府が対応するような問題になっています。発注部門は発注したいだけすればよい、倉庫は受け入れられるだけ受け入ればいい、というわけにいかないわけです。

これに対してどう考えたか。問題の原因は、一つは部門間の目標不一致です。発注部門は売れ筋商品を売る、倉庫は到着した商品を管理する、とそれぞれの目標になっていて、受け入れきれない商品は誰がどう扱うかという目標が不明確でした。

そういったものをきちんと管理するための指標、KPIも不十分でした。ここでの気づきは、各部門の目標設定を部門任せにしてはいけないということ。それぞれの目標をみんなで共有した時、本当に機能するか確認しないとならなかったのです。

そこで全体最適の視点で、どう目標を立てるべきかを考えました。大きく分けて二つあります。一つは、必要な商品はとにかく発注して倉庫側に柔軟性を持たせること。あらかじめ外部倉庫を確保する、あらかじめ倉庫に売れ筋商品のスペースを開けておくことにより、発注された商品が受け入れられる体制を作る案です。これは倉庫側の問題となります。一方、倉庫のキャパシティを見ながら発注量をコントロールするという考え方もあります。この場合は、発注部門が頑張らないとなりません。ではどうあるべきか。

売れ筋商品は前者の方法をとります。受け入れ態勢に柔軟性持たせ、欠品を起こさないようにする。売れ筋ではない商品は多少の欠品、入港遅れは許容できるので、発注量をコントロールして、売れ筋商品のために倉庫のスペースを空ける、という考え方が必要になります。

これを実現しようとすると、全体の売れ筋や倉庫の物量をどうコントロールするか、データが鍵となります。そこで、データアナリストも加わりながら、どんなマネジメントをするか考え始めました。

このケースのポイントは、部門それぞれがどういう目標意識をもって仕事をしているか明らかにすることです。


ライター

Tetsu(LTS マーケティング&セールス部 マネージャー)

新聞記者、月刊誌編集者を経て2024年1月にLTS入社。北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニットを修了し、同大でサイエンス・ライティング講師を経験。著書、共著、編著に「頭脳対決! 棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)など。SF好き。お勧めは「星を継ぐもの」「宇宙の戦士」「ハーモニー」など。(2024年1月時点)