10月、LTSではビジネス変革の方法論に関する社内勉強会を開催しました。この勉強会では株式会社クリエビジョン 代表取締役社長 塩田宏治氏にご登壇いただき、これらの方法論の世界的な歴史・動向・背景についてご講演いただいた上で、LTS上席執行役員 山本政樹とのパネルディスカッションを行いました。この記事では、多方面に渡った話題の中でも、特にビジネスアーキテクトの役割や特徴、日本企業への浸透にフォーカスし、講演およびディスカッションの内容を再構成してお伝えします。
一橋大学およびマラヤ大学MBA卒。1992年からのNTTデータにおけるSE業務を経て、2002年からソニー(関連会社含む)の業務部門、情報システム部門、中国(上海)赴任などの多様な業務を経験。2013年より独立して株式会社クリエビジョンを設立し、さまざまな企業に、ビジネスアナリシスとアーキテクチャ、プログラム・プロジェクトマネジメント、エンタープライズアジャイルに関するコンサルティングを提供中。
ビジネスアーキテクトの役割
―――ビジネスアーキテクトは日本ではまだ聞きなれない役割ですが、世界におけるビジネスアーキテクトの役割とはどのようなものでしょうか?
塩田:
社内DXを推進する企業が増えた一方で、うまくプロジェクトが進まないという話を耳にします。その背景はさまざまで、システムそのものの難しさや企業構造の複雑さなどが挙げられるほか、コミュニケーション面――IT部門やビジネス部門といった、プロジェクトを推進する関連部門同士での連携がうまくなされていないことが課題の一因にあります。
関連部門が連携できないと全社変革を起こすほどのプロジェクト推進は行えず、個別業務がシステム化された程度の変化にとどまってしまうことが多くなります。このような問題に対して、関連部門の活動を全社最適の視点で統合し、変革を成功に導くのがビジネスアーキテクトの大きな役割です。
多岐にわたるフレームワークを駆使することで、各関係者間の認識を合わせたり、企業文化の構築に向けたアプローチを行ったりできるこのポジションは、近年では組織横断チームとして企業内に徐々に配置されるようになってきました。
ビジネスアーキテクトと日本企業
―――近年、ビジネスアーキテクトへの理解と社内配置を進める企業が増えていることに実感はありますが、海外に比べると、日本ではまだまだ浸透していないように見受けられます。なぜでしょうか?
山本:
日本はビジネス変革を現場のチーム活動、いわゆる“改善”に頼ってきた経緯があります。逆に言えば、経営や戦略立案チームが企業のあるべき姿を描いて、それを現場に落とし込むという手法には不慣れです。
そのためでしょうか、日本人は外国人に比べてビジネスアーキテクチャ視点が苦手だと感じる人が多いように感じます。CEOなど会社のトップ層は、基本的に顧客や市場、株主といった会社の外にフォーカスしており、内部構造を取りまとめるのは現場の役割という思想が強いようです。しかし、これでは全体最適という観点が生まれづらくなります。各部門や事業部は、自分たちが見えている範囲の業務や目標の範囲で活動しようとするわけですから、取りまとめる機能がなければサイロ化(業務プロセスや各種システムが孤立し、情報が連携されていない状態)が進み、部門最適な状態へと陥るわけです。
塩田:
日本特有の暗黙知で共有していく文化の影響も大きいです。業務やシステムに関わらず、物事を構造化し、図や絵で視覚的かつ定型化して管理・共有してこなかった時代がたしかにあります。
山本:
そうですね。語ることに価値を見出しておらず、背中を見せて察してもらう・感じてもらうことが良いとされてきました。しかし、海外はトップが社内に理解させるという文脈が強く、そのためのテクニックが浸透しています。構造化して伝えていたからこそ、図や絵を活用することを得意とし、きちんと理解してもらうにあたって、“どう伝えるのか”にこだわりを持つ人が多いのです。
塩田:
ほかにも、ビジネスアーキテクトは間接的なポジションであると捉えられがちなところも一つの要因だと思います。企業にとって、重要視されるのはやはりビジネスを推進する部門です。直接顧客へ貢献し、売り上げを立て、企業をさらに成長させていくのですから、重要であることに違いはありません。一方で、戦略的な役割を持つビジネスアーキテクトも、業務推進する部門同様、会社を成長に導くのにとても重要な仕事です。しかし日本の企業では「直接価値を生み出すものではない」として価値が低いと見なされる傾向にあるのです。
山本:
すごくわかります。同時にその価値創出への期待の時間軸が短すぎるとも感じます。ビジネスなので利益を追うことはもちろん大事ですが、どうしても目先の利益にフォーカスしすぎてしまう。
例えばよく耳にするのは、業務改革部の担当者が経営層から「今年はどれくらいの成果(利益貢献)を生み出せるのか?」と聞かれる話です。業務改革の中には、取り組みを組成しても効果が出るのは数年かかるようなものもあります。実は、すぐに目に見える成果が出ないような取り組みこそ、企業の競争力を形作る大切な取り組みがあったりするのですが、このようなプレッシャーがあるとそういった取り組みは進めにくくなってしまいます。
ビジネスアーキテクトも同様で、彼らは組織を繋ぎプロジェクトの進む方向性を整えることで、組織変革へと導きますが、能力が育ち、その成果を計測できるようになるには長い時間を要します。この点が正しく認識されず、成果を生みだすポジションではないとして、軽視されてしまう。だから日本企業のビジネスアーキテクト浸透は海外より遅れているのだと思います。
―――ビジネスアーキテクトの重要性を日本企業に定着させるにあたって、どういった対応を意識されていますか?
山本:
ある程度、時間が解決する部分はあると思います。今の世の中の傾向として、経営のイニシアチブとして組織横断的な部門を配置する会社は増加しています。そこには先ほど言ったような経営の期待との乖離もあり、組織横断的な部署は悩みを抱えていることが多いのが現状です。しかし将来、ビジネスアーキテクトなどを実際に経験している方が経営側の立場となっていければ、この役割の特性や重要性を理解した上で経営が進められることも増えていくでしょう。
そういう意味では、いま企業を支えている数少ないビジネスアーキテクトの皆さんの、心が折れてしまわないよう支援していくことは、私のミッションだと考えています。
塩田:
心が折れないように支えるにあたって、文化を変える働きかけも必要になると思います。日本企業には、中長期的な戦略を出すものの、抽象度が高く曖昧なものでとどまってしまうことがあります。組織全体で共通して見るビジネスや情報システムのマップを持たないそういった企業は、中長期的なロードマップを描こうとしても議論がうまく進まず、結局は目先の改善業務に目が向いてしまいがちです。また、ビジネスアーキテクトの体制を構築した企業だとしても、一歩進んだ中長期的な議論に入れないことも多くあります。なんとかアーキテクトが検討を進めても、他の関係部門が中長期的な視点での検討を進めきれず、結局は議論が進まなくなるからです。
全体を大きなシステムとして捉え、それを中長期的な視点から考えてアクションするという企業文化が、根本的に不足している日本企業は少なくありません。ではどうするのか?文化自体を作るには時間がかかるため、まずはそうした考え方に沿った方法に基づいてプロジェクトを進める。そうした成功事例=プラクティスを作っていくことが、文化になっていくと思っています。
やり方の一つとして、最初に投資を行って全社のアーキテクチャモデルを作成し、議論の材料を用意する方法もあります。ある事業部の横断管理に課題を抱えた企業の例では、本来であれば、全社的かつ中長期的なTo beロードマップをもとに、各事業部のシステムを構築すべきでしたが、当時のIT部門はそういった立ち回りができず、事業部の現場に求められるがままプロジェクトを進めている状況でした。そこでまず取り組んだことは、IT部門の中にアーキテクトチームを構築し、データ・アプリ・インフラなど、各領域の整理・To be像の作成です。プロジェクトが起きるたびに、これらのTo beをもとに各事業部と会話しました。定義したあるべき姿(アーキテクチャ)を採用することが、どれだけ企業にとってメリットがあるかを議論し、全体最適を踏まえながらプロジェクトを推進していくというプラクティスの実践を続けたのです。また、システム統合が進めば、さらなる効率化を目指すために業務プロセスの標準化も必要です。これはIT部門の努力のみでは進められないため、今度はビジネス側にも働きかけを行う。このようにして、関係する領域・部門を拡大し、中長期的な観点で検討・アクションをとれる組織の醸成にアプローチしました。
ただこのやり方は最初に全体のモデルを作り上げる投資を行う難しさがあります。より多くの企業で採用しやすいもう一つの方法は、新しいプロジェクトを進めるたびに、そのプロジェクトのスコープを少し超えて、関連するアーキテクチャのマップを一緒に考えて作っていくことです。こうした活動を続けることで、アーキテクチャや全体視点から考えるプラクティスとして定着していく。横展開を進めながら全社マップを徐々に組み上げるとともに、プラクティスとして繰り返していくことで文化としても変えていければよいと思います。
編集後記
2024年はERP導入の難しさが大きく注目されるニュースがいくつもありました。ERP刷新は全体最適の改革を前提とするため業務面・システム面で現行業務からの変化の度合いや難易度が高く、その背景には部門間連携や全社視点の不足などがあります。こうした事象が続く中で、ビジネスアーキテクトのような組織横断的な役割は、企業変革の要としてますます重要になるだろうと感じました。日本企業特有の文化とビジネスアーキテクトの関係に、今後どう折り合いがついていくのか気になるところです。
2021年にLTSへ入社後、LTSリンクのエージェントサービスにて出向社員として営業業務に従事。現在はLTSのマーケティングチームに所属し、CLOVERの企画・執筆や企業SNSの運用・管理を行っている。趣味は旅行、食事、犬猫動画を漁ること。(2024年6月現在)