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衛星×AIで〝海の森〟を育てる~ME-Lab Japanソリューション 「衛星データ活用アワード2024」最優秀賞~

LTSの子会社ME-Lab Japanは、人工衛星データとAI技術を使い「ブルーカーボンプロジェクト」(BC-PJ) に適したエリアを探索するソリューションを開発し、1月に開かれた「衛星データ活用アワード2024」で最優秀賞を受賞しました。BC-PJは地球温暖化の緩和や生物多様性の保全のため〝海の森〟を再生する取り組みです。今回のソリューションによりLTSとME-Lab Japanは、BC-PJへの新規参入を促しカーボン(炭素)クレジット市場を拡大することで、環境課題解決の一助になりたいと考えています。ME-Lab Japan代表の坂内匠が、BC-PJの可能性やソリューション開発の裏側を紹介します。

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坂内 匠(LTS データ分析事業部 部長、ME-Lab Japan代表取締役社長)

データ分析、AI開発領域の様々な業界のプロジェクトを担当。コンサルタントとして企画立案から、エンジニア・データサイエンティストとして分析の実装まで幅広く経験。気候変動対応に向けた企業変革支援や人工衛星を用いた災害モニタリング等の気候・環境系の案件や大学と連携した研究にも従事。国際ジャーナルへの論文執筆や学会発表も経験。(2024年6月時点)   ⇒プロフィールの詳細はこちら


マングローブと聞いて何を想像するでしょうか?

マングローブと聞いて何を想像するでしょうか? 自然、熱帯、樹木、海辺…様々でしょう。マングローブを始めとした海草藻場や塩性湿地などの沿岸生態系には、二酸化炭素を吸収・貯蔵する優れた特徴があります。ブルーカーボン(BC)とはこれらの生態系が光合成により蓄積した有機炭素化合物を指します。また海洋植物の育つ面積は陸の森林に比べて規模がはるかに大きく、近年、炭素吸収源として注目されています。

今回のソリューションの始まりは、ME-Lab Japanと提携している⾦炯俊・韓国科学技術院=KAIST教授(韓国MetaEarth Lab代表取締役CEO)とのランチミーティングでした。

金教授が温暖化対策について何気なく言った「アカデミアではネイチャー・ベースド・ソリューション(自然や生態系を活用した様々な社会課題の解決を図る方法)がキーワードになっています。例えばブルーカーボンプロジェクト(BC-PJ)とかですね」との言葉が着想のきっかけでした。

金教授の話を聞いて、人工衛星データとAIを使えばBC-PJに適したエリアを探せるかもしれないと気付きました。また、日本は海に囲まれているので、地理的にも大きなポテンシャルがありそうと感じました。人工衛星の無償データが使えて、カーボン・クレジット市場にも進出できるということもあり、ビジネスとしても成立すると思えたのです。実際、開発や温暖化でマングローブは減少しており、また後述する磯焼けも社会課題となっています。BC-PJは〝海の森〟を保護・再生させる取り組みですから、温暖化対策として非常に有効で、取り組む価値があることは間違いないと確信しました。

しかしすぐに課題にも直面しました。陸地の森林とは異なり広大な海にあるだけに、BC-PJに適したエリアの探索は困難なのです。

漁業者の課題「磯焼け」

ランチミーティングの後、ME-Lab Japanのメンバーで、海洋に関係する研究者、LTS第二の拠点静岡で代表的な漁港を持つ焼津市、LTSが職員を派遣している鹿児島市を訪れ、漁業関係者らに「BCをどうとらえているか?」「事業化した場合に協力を得られるか」などヒアリングを開始しました。

静岡県の水産・海洋技術研究所を訪問した時、職員の方から「BC-PJって、磯焼け対策のことですね」とアドバイスいただきました。これが、プロジェクトを進める上で大きなヒントとなりました。

磯焼けとは温暖化や汚染、魚やウニなどによる食害で生態系のバランスが崩れ、藻場が急激に枯死する現象です。〝海の砂漠化〟とも呼ばれます。海の砂漠には魚も集まらず、漁業者を悩ませる深刻な問題となっています。

〝磯焼け〟をキーワードに漁業者とヒアリング、対話を進めると、BC-PJへの共感と理解も得られるようになりました。「漁業者の課題解決にもなる」ことで背中を押され、本格的にソリューション開発とBC-PJのビジネスモデル構築に取り組み始めることになりました。

手作業でのデータベース構築

AIの学習には質の高いデータが必要です。しかし、BC-PJはまだ歴史が浅く、海域のデータ取得も容易ではないため、データがほとんど存在していませんでした。幸いにもグローバルのBC-PJについては整備されたデータベースが見つかったのですが、日本域にはBC-PJに関するデータがほとんどありませんでした。

そこで、BC-PJとして認定された地域の公開情報をもとに、グーグルマップで座標を特定しDBをつくるという地道な作業が続きました。それでもデータはまだ十分ではありません。そこで画像解析やオブジェクト検出で学習モデルを効率化するAI技術のひとつ「転移学習」という手法を使用しました。グローバルデータで事前学習を行い、対象エリアである日本で追加学習(ファインチューニング)を行い、AIを訓練するという工夫です。

さらに、一口に人工衛星と言っても多くの種類があり、観測に使う方法も光学レンズやマイクロ波、可視赤外放射計など様々です。こうしたセンサーや目的に合致したデータをとれる衛星を選ばなければなりません。そこで様々な先行研究から海洋生態系の発育に関連する環境変数を特定し、それを表現するための衛星データを取得・蓄積しました。ここでは、ME-Lab Japan がこれまで取り組んできた衛星データ活用に関する知識と経験といったリソースが役立ちました。

ソリューションのシステム概要

こうして、BC-PJの適地に関連する「日射量」「海水面温度」「水深」「光合成有効放射」「植物プランクトン濃度」など11の環境変数を抽出。また、観測が難しい環境変数は物理シミュレーションのデータを利用しました。

海洋生態系に関連する様々な情報を可視化し、未知のエリアでのBC-PJの可能性を推定できる「人工衛星データと転移学習を用いた広域ブルーカーボンポテンシャルの推定サービス」が完成しました。

市場規模は1兆6500億円にも

炭素削減を目的にしたカーボン・クレジット市場は、東京証券取引所が2023年10月に開設しています。24年10月10日時点で297者の参加者が登録、累計売買高は52万1,704t-CO2(1日平均2,129t-CO2)となっています。(https://www.jpx.co.jp/news/2040/20241011-02.html

カーボン・クレジット市場は世界的にもまだ成長途上ですが、世界銀行のレポートでは全体市場規模は2030年に110億ドル(1兆6500億円)以上になると予想されています。市場の成長と炭素削減を進めるには、BC-PJへの新規参入を増やす必要があります。

衛星データ活用アワード2024の授賞式での筆者

ソリューションは、衛星データを活用したグリーン分野に係る課題解決アイデアを募るビジネスコンテスト「衛星データ活用アワード2024」で最優秀賞を受賞することができました。アワードは、NTTコミュニケーションズ株式会社(NTT Com)が協賛企業として参画し、宇宙サービスイノベーションラボと共同で開催。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催するNEDO Challenge, Satellite Data for Green Earthと連携した衛星データ活用プログラムです。

今後、ソリューションのプラットフォーム構築、BC-PJ申請やマネジメント領域でのコンサルティング提供を予定しています。また、大学など研究機関と連携し、蓄積したデータを科学発展と温暖化対策に活用したいと考えています。衛星データだけで解決できる問題は限られています。今回の取り組みをきっかけに培った様々な立場の関係者と協力をして、市場発展と炭素削減に貢献していきます。