このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年8月から連載を開始した記事を再掲載するものです。
当コラムは、書籍『ビジネスプロセスの教科書(東洋経済新報社(2015年7月24日)』に掲載しきれなかった内容をご紹介しております。
書籍では、ビジネスプロセスとは何か、どのようにマネジメントすれば良いのか等をわかりやすく解説しています。また、著者がこれまでにお客様企業の現場で経験してきたビジネスプロセス変革の事例も多く紹介しています。ユーザー企業側で組織変更、情報システム導入、アウトソーシング活用といったビジネスプロセス変革を行う予定のある方はもちろんシステム開発やアウトソーシングベンダーの担当者の方も必見です。
ライター
前回のコラムで「業務」という言葉は曖昧な使われ方をしているという話をしましたが、実は事業も負けず劣らず曖昧な使われ方をしています。本題に入る前に、まずは事業の全体像を理解する手法についておさらいしたいと思います。
ビジネスプロセスはお客様の期待を元に分類できる
ビジネスプロセスと言われると如何にプロセスをより良いものに変革していくかということに目が向きがちですが、その前にまずは事業ごとにプロセスの全体像を理解する必要があります。これを理解する上で、鍵を握るのはお客様の期待です。
お客様の企業への期待は一様に見えて幾つもの異なる期待が絡み合って構成されています。これは、航空会社を例にすると良くわかります。航空会社へのお客様の期待は「自分が行きたい場所に就航してほしい」「搭乗する飛行機が定時で安全に運航してほしい」「空港や機内で快適なサービスを受けたい」といったようなものです。この期待ごとに、航空会社のビジネスプロセスを区分けすると以下のようになります。
このようにビジネスプロセスの理解は、お客様の期待を認識し、期待に対応するビジネスプロセスをとらえることからはじまります。それぞれのビジネスプロセスは、プロセス同士でも連携しています。たとえば旅客運行プロセスから接客サービスプロセスにフライトの情報(たとえば到着予定時刻や、遅れの情報など)が提供されなければ、空港カウンターの担当者やキャビンアテンダントはお客様に適切な案内を出来ません。
また、航空会社のビジネスプロセスの中で整備プロセスだけがお客様と直接接していませんが、このプロセスに期待を提供し、サービスを受け取るのは旅客運行プロセスです。安全でスケジュール通りの整備がなければ、旅客運行プロセス側では安全で安定した運行をお客様に提供できなくなってしまうからです。ですからプロセスに期待を提供する「お客様」は社内に存在することもあります。
自社のビジネスプロセスを俯瞰するプロセスマップ
この航空会社の例のように、自社のビジネスプロセスを抽象化して全体像を示す文書をプロセスマップと言います。以下は私が所属するLTSコンサルティング事業のハイレベルなプロセスマップです。LTSは主にビジネスプロセスに関するコンサルティングサービスを提供しており、お客様がシステム開発やビジネスプロセスアウトソーシングを行う際に、プロセスの可視化や分析、新たなプロセスの立案をお手伝いしています。サービスはシンプルですので、プロセスマップの構造も理解しやすいのではないでしょうか。
このプロセスマップから、LTSには全部で6つの基本プロセスがあることが分かります。この基本となるビジネスプロセスを「プライマリプロセス」と呼び、プライマリプロセスを構成する、より細かいプロセスを「サブプロセス」と呼びます。プライマリプロセスを、業務フローを記述する手前のサブプロセスまで分解したものが以下のプロセスマップです(このマップではお客様の表記は省略されています)。
私たちLTSのコンサルタントがプロセス変革を行う場合、まずこのプロセスマップを作成することからはじめますが、私たちが作成したプロセスマップを見ると、お客様の多くの方が驚きの声をあげます。お客様から「うちの会社の仕事はこういう風になっていたのか!」というコメントを聞いたのは一度や二度ではありません。プロセスマップを作成することは「プロセスを正しく認識し、プロセスの目標を明確にする」「プロセスの全体像を理解し、変革の方向性を議論する」「組織や人の割り当ての土台になる」など多くのメリットがあります。
そして、このプロセスマップは原則として事業ごとに作成します。事業が異なれば対象となるお客様も、お客様に提供している価値も異なりますから、プロセスマップも別に作成すべきです。もし皆さんの会社が複数の事業を営んでいる場合は、この点に気を付ける必要があります。
そもそも「事業」ってなんだ?
ここまでは書籍に書いた内容のおさらいでした。さて、「プロセスマップは原則として事業ごとに作成します」と簡単に書きましたが、そもそも事業とはなんでしょうか?「公共事業」というように社会的に大きな仕事にも事業という言葉は使われますが、ここでは営利目的の一般企業の場合の事業を考察します。一般的に「事業」というと企業では以下の二つの意味で使われているように感じます。
・損益(PL)を管理する採算管理単位としての事業
・同じビジネスモデル(事業モデル)を共有する製品やサービスの単位としての事業
この二つの定義はどちらが正解とかいうことはなく、どちらも正解です。一般的には「1」の採算管理単位を事業としている企業が多いように思います。大抵の場合はこの単位に対して「事業部」という組織がおかれます。例えば、書籍にも登場したある金属材料商社は。直接部門として四つの事業部が置かれています。これらがそれぞれ異なる商材群を扱い、採算を管理する「事業」として成り立っています。しかし、これらを採算管理単位ではなく、ビジネスモデルを共有する単位で整理をすると事業の構成はかなりシンプルになります。これを図にすると以下のようになります。
この商社は商社としての製品の取引事業、いわゆる卸の事業だけを行っているので、ビジネスモデルで整理した事業単位は一つだけです。もし仮に調達した商材(原材料)を加工して付加価値をつけて販売するような事業も行っているのであれば、それは「製造業」であり、異なるビジネスモデルの事業ということになります。
プロセスマップを書く単位、つまりビジネスプロセスを検討する単位がこの二つの定義のどちらかでしょうか。当然、ビジネスモデルで整理した事業単位で整理すべきです。第一回のコラムにも書いたように、ビジネスプロセスとは原則的にビジネスモデルというアイデアを、価値を生み出す実行力に変換したものです。ビジネスモデルが同じであれば、必然的にビジネスプロセスも共有できるはずです。
残念ながら、この商社のビジネスプロセスは採算管理単位としての事業の単位で設計されていました。社員の多くは製品やサービスが異なれば、ビジネスプロセスは異なって当然だと考え、自事業部のプロセスの変革は他の事業部とは連携せず勝手に進めていました。その結果、社内でビジネスプロセスが統一されておらず、それぞれの事業部で情報システムも作業手順もバラバラでした。
たとえばお客様に送付する見積書のひな形は事業部ごとに異なります。ひな形が各事業部の扱う製品に合わせて最適化されているとも言えません。例えばある事業部では製品の見積もり根拠となる公式(例:製品単価×量+手数料)を記載する欄がないので、備考欄に無理やり記載していたりします。実は見積書に必要とされる項目と書式はどの事業部でも変わりません。お客様からすれば、同じ会社との取引なのに製品が違うと異なる事業部から異なるフォーマットの見積書が送られてきて混乱の元ともなっていました。この商社は現在、事業部単位でバラバラなプロセスを全社で標準化すべく、大規模なプロセス変革を進めています。
このようにビジネスプロセスを正しく設計しようと思えば自社のビジネスモデルに立ち戻る必要があります。ところが歴史のある企業になると創業時の社員はもはやおらず、多くの社員が明確な自事業のビジネスモデルの認識なく日々の業務を行っていることもあります。プロセス変革を行う際に、自社のビジネスモデルに社内の共通認識がないと感じる際は、まず今一度自社のビジネスモデルを整理してみることをおすすめします。事業をはじめた当時と比べてビジネスモデルキャンバスのような使いやすい手法もあります。自社内に存在するビジネスモデルの種類と数、そしてそれぞれマッピングされる製品やサービスを整理した上で、ビジネスプロセスの変革にとりかかるべきです。
ビジネスプロセスの教科書
本書ではビジネスプロセスとは何か、どのようにマネジメントすれば良いのか等をわかりやすく解説しています。あらゆるビジネスパーソンにとって有益な一冊となっていますが、中でもこれから組織変更、情報システム導入、アウトソーシング活用といったビジネスプロセス変革を行う予定のある方には特に参考になる内容が詰まっています。
著者:山本 政樹
出版社:東洋経済新報社(2015年7月24日)