個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ(前編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑨のサムネイル
プロセス変革・業務改革

個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ(前編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑨

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2019年4月から連載を開始した記事を移設したものです。

当コラムの最新の内容は、書籍『Business Agility これからの企業に求められる「変化に適応する力」(プレジデント社、2021年1月19日)』でご紹介しております。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTSの山本政樹です。ビジネスアジリティのコラムシリーズの9回目です。このコラムもそろそろ佳境に入ってきました。今回のテーマは「組織」です。日本では「アジリティ」という言葉はテクノロジー界隈で聞かれることが多いのですが、海外ではビジネスアジリティのコミュニティの議論は最終的にいつも人と組織の在り方に行きつきます。これについて、第9~12回は「組織」を、そして第13~14回は「人」をテーマに掘り下げていきたいと思います。

組織は階層型からネットワーク型へ

今の企業組織論には「階層型組織からネットワーク型組織へ」という一つの潮流があります。ビジネスアジリティを高めるという観点からみても、このネットワーク型組織への移行は盛んに議論されますが、これはどのような特徴を持った組織なのでしょうか。まずはここから考えてみたいと思います。

上司のいない会社

アメリカにモーニングスターという会社があります。世界最大のトマト加工業者で、アメリカで消費される角切りトマトやトマトペーストの40%を供給しています。ですから、アメリカでピザやトマトケチャップの入ったハンバーガーなどを食べたことがある人なら、おそらく誰もがこのモーニングスターのトマトのお世話になっています。

この会社の従業員数は閑散期で400人、繁忙期で2400人にもなりますが、その組織運営においていくつか大きな特徴があります。一言で言えばこの会社には上司がいません。組織構造は完全にフラットで、従業員が皆対等です。上司がいないので業務命令(指示)はなく、仕事の指針は自分で考え、連携先となる周囲に宣言します。組織図もなく、各個人が連携先と自律的に連携します。例えば畑からトマトを運ぶトラックの運転手であれば、他の同職種の運転手はもちろん、畑でトラックにトマトを積む担当者や、トラックの整備の担当者、加工工場での荷下ろしの担当者と連携するといった感じになります。給与はこの時に連携する全ての社員からの評価に基づいて行われ、予算の執行も各自が権限を持ち自律的に執行することができます


このようなネットワーク型の組織形態は一般に「ティール組織」や「ホラクラシー」と言います。靴のオンライン通販で有名なザッポスなどもホラクラシー導入企業として有名です。一言でティールやホラクラシーと言っても、評価の仕組みがあったりなかったり、行動単位としてのチームがある組織もあれば、完全に個人単位で連携する組織もあったりと、さまざまな形態がありますが、総じて組織に階層構造がなく、従業員の関係性が対等であることは共通しています。
【階層型組織とネットワーク型組織の違い】

企業であればほぼ大半がこの階層型組織です。それどころか企業に限らず官公庁やNPOにいたるまで社会に存在する大半の組織がこの形態でしょう。ところが変化が激しくなる環境の中で、このような既存の組織形態の限界が見え始めています。

組織のアジリティを高めるネットワーク型組織

階層型組織の最大の問題は、判断のスピードが遅く、不正確になることです。階層型組織における上位者(部門長や役員)の最大の仕事は意思決定です。最上位階層にいる役員が意思決定を行うには、現場から部門長などの中間管理職を通じて情報があがり、それを役員が検討して意思決定を行います。そしてその決定結果はまた管理職を通じて現場におります。当然のことながら、情報の伝達には時間がかかりますし、忙しい部門長や役員がその事案の検討に時間を割くことができるタイミングまで待つ必要が生じます(典型的な例だと月一回の役員会議まで重要な決定がされないといったケースです)。

このような意思決定の遅れは変化が激しい時代においてはもちろん致命的なわけですが、それ以上に問題となるのは意思決定が不正確になることです。情報が階層構造を登り、そして降る過程は壮大な伝言ゲームです。情報は曖昧になり、伝達者の誤解や主観も紛れ込み、正確に情報が伝達されません。また決定者が組織構造の上位者となればなるほど、現場から遠くなる一方で、管轄する領域は広くなり情報量は指数関数的に増えます。人間の能力には限界がありますから、上位者ほど飽和する情報量に圧倒されることになります。このような中で、現場は経営者に意思決定をしてもらうために、分かりやすく情報をとりまとめ加工することに膨大な労力を割かなくてなりませんが、これは大きなコストになります。創業経営者のように組織が拡大する過程を経験した人の中には、大きな組織にもかかわらず驚くほど現場を理解している人に出会うこともありますが、多くの場合は、現場から上がる情報を理解しきれず、ただ言われるままに承認するだけになってしまったり、逆に「予算がない」といった杓子定規な決定基準で否認することになってしまったりするわけです。

意思決定は、原則として決定に必要十分な情報が集まり、その情報を正しく理解できる階層で行うことが最適となります。第3回の「ビジネスアジリティにおける戦略」の回でも、これからの事業は、経営者の指示で各事業部門が動くのではなく、お客様と近いところに、さまざまな専門性が集まったクロスファンクショナルチームが組成され、このチームが自律的に意思決定を行っていくという話をしました。私たちコンサルタントやエンジニアの仕事を考えても、その意思決定はかなりの部分が個人に委ねられています。社長が各コンサルティング案件に細かい指示を出すことなどありえませんし、そもそも不可能です。各案件の責任者であるプロジェクトマネージャーですら、大きな方針の提示やメンバーの役割分担の調整は行いますが、プロジェクトメンバーに常に細かい指示をするわけではありません。コンサルタントはその門を叩いた時から、自分の役割と期待を理解し、自律的に活動するように育成されます。

このように意思決定の精度とスピードを重視すればするほど、現場を信じて権限移譲を行う方向になります。そうなると必然的に管理職の仕事はなくなっていき、究極系としてはモーニングスターのようなネットワーク型の組織が生まれるわけです。そうなるともはや権限“委譲”ですらなく、権限は全ての社員が均等に共同保持していることになります。

階層型組織が個人の視野を狭め、学習機会を奪う

変化の速い時代における階層型組織の問題点は、ここまで説明したような意思決定の精度とスピードの不足に力点を置いて説明されることが多いようです。ただ、私は階層型組織がもたらす問題は、このような意思決定プロセスという目に見える仕組み上のものだけではないと考えています。それは「階層が、序列を持ち人々を分断する」ことと、「各部門の壁が人々の視野と関心を狭めさせてしまう」ことです。そしてこの問題は、意思決定の問題以上に組織文化にもたらす影響が大きいと考えています。

まず「階層が、序列を持ち人々を分断する」から説明します。組織がどのような構造を持っていようと、本来そこに集う人々は原則として同じ人間であり対等な関係であるはずです。歴史的に見れば階層構造は統治者の支配システムであり、明らかな人の“階級”であった期間の方が圧倒的に長いですが、長い民主化の道のりをへて、人は本来平等であり組織階層とはあくまでも役割分担であるという思想を獲得しました。

しかし、現実に社長と一般社員が思ったことを自由に言い合うということは簡単ではありません。もしそれを実現しようとすれば通常は一般社員側に相当な勇気が必要となります。多くの人は組織の階層構造に何らかの階級や序列を写し取ってしまいます。組織構造の下位者は「意見を述べさせて頂く」ことはできますが決定権限は上位者にあり、そもそも意見を言って良いのか自体が上位者の意向に左右されてしまうことが多いのが現実です。優秀な経営者の条件として「社員に自由に意見を言うことができる雰囲気を醸成していること」といったようなことが言われますが、これが言われることは、逆に意見を言えないのが普通だという認識の表れでもあります。

このような階級意識は必然的に人の役割にある種の“枷”をはめてしまいます。「上の人が決めたのだから仕方ない」というように、経営判断は経営者の仕事で、自分たちは言われたことを実行する役割というような認識が最たるものです。これではいくら権限委譲しようとも現場では主体的に判断をしようとする意思自体が育ちません。そのような中から次世代のリーダーが生まれることもないでしょう。

次に「各部門の壁が人々の視野と関心を狭めさせてしまう」についても説明します。ある企業の役員の方と話していた際に「うちの情報セキュリティ室は、“会社がつぶれてもうちのセキュリティは安全です”というような姿勢で困っている」と仰っていました。情報セキュリティリスクへの対策だけを考えるなら、対策はなんでも行うにこしたことはありません。結果、情報セキュリティ室は社内のルールをどんどん厳格化しようとします。当然、業務効率が下がるビジネス部門からは怨嗟の声が上がりますが、その声は事故を起こさないことが評価基準である情報セキュリティ室には届かないというわけです(あくまでもこの会社の話で、全ての情報セキュリティの担当者がこうだというわけではありません)。

このような話は企業内にあふれています。見せかけの生産性(時間あたりの生産量)を気にして在庫を積み上げる生産部門とか、サービス部門の余力を考えず無理な受注をする営業部門と、言い出したらきりがありません。生産にしても営業にしても、さまざまな専門性で区分された企業の各部門は、自らの専門性の視点に偏りがちになる上で、さまざまな情報も部門内に籠りがちになります。結果的に「自分のことはよく見えるが、他人のことは分からない」となります。また、基本的に各チームのリーダー(もっぱら部課長のような管理職)はチーム(部や課)の利益代表者として、チームの利益や評価を最大化しようと振る舞います。このような認知の壁と、自チーム中心的な動きの結果、いわゆる「部分最適」が生じるわけです。

私はさまざまな企業変革手法の中でもビジネスプロセスマネジメント(BPM)と言われる業務構造を変革する手法の専門家ですが、私たちが全体最適の業務変革を行う時、常にこの各部門の利害の壁が立ちはだかります。そもそも私が階層型組織の問題と、ネットワーク型組織の在り方に関心を持ったのも部門の壁が立ちはだかって、理想的なビジネスプロセスを構築できない悩みからはじまっているくらいです。

先ほどの階層による役割の序列化は人々を上下の階層で分断してしまうのだとすれば、このチームの垣根を越えて全体を理解しようとしないことは、組織を左右の垣根で分断していると例えることが出来ます。このような自分の利害だけを意識し、本来同じ目標を共有するはずの他者と連携ができなくなってしまうことを一般に「サイロ化」と呼びます。サイロ化は組織内の人々を協調ではなく対立構造にさせてしまい、組織のアジリティを大きく低下させてしまいます。ネットワーク型組織は、序列を生んでしまう階層を取り除き個人の自律性を高めた上で、チーム間の壁にとらわれず連携が必要な全ての人と接触できる権利を保障することで、このような弊害を起こりにくくするわけです。

以上までが「ビジネスアジリティにおける“組織” ~個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ~」の前編となります。ここまで、階層型組織の限界と、ネットワーク型組織に移行する社会の流れを話してきました。より高いアジリティを目指す組織は、階層を減らしてよりフラットな組織を志向することは間違いなのない流れです。しかし、ネットワーク型組織を志望する企業の中でも、一部に階層型の組織構造を残している企業も存在します。次回の中編では、その理由についてみていきます。