このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年8月から連載を開始した記事を移設したものです。
ライター
家庭は属人化とブラックボックスの塊
突然ですが、たまには妻(ないし夫)を労おうと食器洗いや料理を買って出て、痛い目にあったことはありませんか?ちょっと状況は違いますが、私は実家に帰省した際に似たようなことを何度も経験しています。
帰省の時くらいは母を労おうと張り切って夕飯作りを買って出たものの、調味料がどこにあるかも冷蔵庫の食材の何を使って良いかも分からずで、いちいち母に確認せねばならず、食後に食器洗いを始めれば「洗い方が違う」「そのお皿は他のお皿と重ねないで」等と母から小言が山のように飛んできます。結局、見かねた母に代わってもらう始末で、「私がやった方が早かった」と言われてしまいました。
兎角、他人の台所と言うのはたとえ生まれ育った実家であっても使い勝手がよく分からないものです。それもそのはず、家事はその家を取り仕切る主婦(主夫)によって物の配置から手順・ルールまで最適化されており、当人以外から見ればブラックボックスのようになっているのです。
オーナーシップは成果に対して発揮する
我が家が最初に役割分担を進めた家事は夕食後の食器洗いでした。手荒れを起こしやすい私を気遣って夫が夕食後だけでも…と買って出てくれたのです。実家で嫌な思いをしてきたので、スポンジと洗剤の場所、食洗機で洗えない食器だけは伝えて(我が家は食洗機を愛用しています)、あとは夫に任せてお願いしました。ところが、いざ夫が私と違うやり方で茶碗を洗い、違う場所に食器を片づけているのを見ると、「そうじゃない!」と叫びたくなってしまう自分がいました。普段は無自覚でしたが、どうやら私は自分の食器の洗い方にこだわりを持っていて、それと違うことをされるとストレスに感じるようです。
企業でビジネスプロセスを変革する時にも、この「現状のやり方に対するこだわり」が変革の妨げになることがあります。このこだわりを持つ人は変革に対して前向きでないことが多いのです。裏を返せばその人が試行錯誤を積み重ねてきたからこそ生まれた「こだわり」なので無下には出来ませんが、現状を変えないと目的が達成されないのであれば、納得いただけるまで説明し、話し合うしかありません。私も過去に何度もそうした話し合いの場を経験してきました。まさか自身もそのこだわりを抱いているとは思っていませんでした。
そんなこんなで自分のやり方と違う手順で夫が食器洗いをしているのを見ていられず、その夜はキッチンから離れていた私ですが、翌日夫が洗った食器を見て驚きました。なんと、食器がいつも以上にピカピカの状態で食器棚にきちんと収まっているのです。やり方が違う!とヤキモキしていた自分が馬鹿らしくなりました。私が本来気にしなくてはいけなかったのは「食器がきれいに洗われる」という成果で、その成果が得られるのであれば手順は然程問題ではなかったのです。私は長らく孤独に試行錯誤して自分流のやり方を築き上げた結果、思い入れが生まれ、間違った方向にオーナーシップが発揮されていたようです。
普段の仕事でも、この間違ったオーナーシップを持ってしまう人は多いのではないでしょうか?私の知る範囲だけでも、属人的な手順やルールにこだわるあまりプロセスの変革が妨げられている事例をいくつも目にしてきました。これは、特定の仕事を特定の人が長年受け持つ日本の企業の風潮を考えると仕方がないのかもしれません。この傾向を防ぐには、プロセスに対する目標とKPIを設けてオーナーシップを発揮する対象を「手順」から「成果」に向けるのが有効ではないかと思います。意識を変えるのは簡単ではありませんが、「手順」へのこだわりをなくすことは、大きなメリットをもたらします。
より多くのアイデアがあれば、プロセスはより洗練される
夫に食器洗いを任せるようになって数日経った頃、ちょっとした事件がありました。私が洗った後の食器に対して夫から「君は食洗機に食器をセッティングするのが下手だから、直した方がいい」という指摘が入ったのです。言われてみれば、私が洗ったお皿より、夫が洗ったお皿の方がキレイに洗えています(実際に洗うのは食洗機なのですが)。そこで、半信半疑で実際に夫に教えてもらった方法でセッティングしてみると、仕上がりはとてもキレイで、しかも今までの1.5倍の食器を1回で洗うことができました。
それもそのはず、夫は説明書や観察から食洗機の構造を把握して、より多くの食器をよりキレイに洗えるセッティング方法を学習していたのです。一方、私はろくに説明書を読まないまま食洗機を使っていました。やり方にこだわりをもっていたわりに、そこは面倒くさがって現状に甘んじていたのです。こだわりがあることとその手順が優れていることは別だと身を以て痛感しました。もし私が自分のやり方にこだわって夫の指摘を受け入れなかったら、この成果は得られませんでした。
オーナーシップの対象を「手順」から「成果」に変える最大のメリットは、より高い成果を得るために柔軟に手順を変えていけることだと思います。企業でも同様のことが言えると思いますが、ビジネスプロセスを変革する時、1人より2人、2人より3人からの指摘があった方がプロセスをスピーディーに洗練させていくことができます。属人的に業務を進め、属人的なやり方に固執することの弊害は「休暇が取りにくい」「急な退職時に困る」だけでなく、ビジネスプロセスの洗練までも妨げます。
ちなみに、無印良品で知られる㈱良品計画では、この多くの人でプロセスを担いつつ洗練させていく方法を会社の仕組みとして運用し、非常に高いパフォーマンスを発揮しています※。2000ページにわたるMUSIGRAMというマニュアルを全店舗に配信しているのですが、毎日全国の店舗から運用上から出てきたマニュアルの改定案が集まり、採用された案はすぐにMUSIGRAMに反映されます。
良品計画のMUSIGRAMが成立する土台には、やはりプロセスの担い手がプロセスの成果に対してオーナーシップを発揮していることがあげられると思います。家庭で役割分担する時は、プロセスを分担する側も、分担される側もそのプロセスにはどんな成果が求められるのか?を意識すると良いでしょう。夫婦双方の視点が入ることで、そのプロセスはもっと洗練させていけると思います。
次回は今回のキーワードにもなった「プロセスの成果」についてお話しします。「プロセス変革で家庭を平和に」は次回で最終回です。最後までお付き合いいただければ幸いです。今回もご一読ありがとうございました。