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プロセス変革・業務改革

VUCA時代の管理会計 今求められる経営管理とは

先日の高橋氏のコラムでは、日本企業の視点から、日本企業の現場中心の管理手法の強みを活かしつつ、欧米型のトップダウンの要素の注入が必要というお話がありました。

本稿では、環境変化の激しい昨今におけるトップダウン型管理手法の課題意識と、その課題への対応として日本企業が強みとする現場力を活かした管理手法の趨勢の高まりについて触れ、VUCA時代に求められる管理会計について考察したいと思います。

ライター

中澤 進(LTS 顧問 シニアアドバイザー/日本CFO協会主任研究委員)

1971年日本IBM入社。経理・財務部門の業務改革、管理会計、内部統制分野でのコンサルティング及び会計システムPJの実績多数。2002年IBM取締役に就任、2007年中澤会計情報システム研究所を設立。同年ビジネスブレイン太田昭和会計システム研究所所長に就任。2016年よりエル・ティー・エスに参画。日本CFO協会主任研究委員。(2021年9月時点)

今、管理会計に求められることは

欧米系企業の実情と動向

洗練されたトップダウン型のオペレーション

管理会計の仕組は、その企業の歴史や伝統に育まれた組織文化に大きく影響されます。日本企業の間でもその違いは存在しますが、欧米系企業と日本企業の違いはより鮮明です。

欧米系企業のマネジメントスタイルでは、経営層は“戦略を考え具体的な数値に落とし込む人”、中間管理層は“経営者の考えと数値目標を担当組織に正確に伝達する人”、現場管理層は“言われた通りに実行する人“となっています。そして、その活動結果としてのデータを、脚色なく透明性を持って経営層へフィードバックし最終判断を委ねる、という構図になっています。

上位と下位のマネジメント間では事実確認のためのコミュニケーションは頻繁に行いますが、基本的には中間層、現場層には経営層の意思(戦略)を着実に実行させることのみが求められます。極論すると中間層、現場層の意思を反映させてはいけないのです。徹底したトップダウンオペレーションと言えます。さらに、このサイクルをいかに高速で回して行くかが管理会計システムの肝となります。

フォーキャスティング情報重視のオペレーション

昨今、多くの企業においては、実績値は当然のことながらフォーキャスティング(先読み)情報がより重視されたオペレーションが中心となっています。特に、グローバルに展開している欧米系企業では、このようなオペレーションが強く求められています。異人種・異文化の中で経営者の意志を正確に展開するためには、属人性を極力排除する必要があるためです。そこでの共通言語は、財務的に裏打ちされた数字のみと言っても過言ではありません。

部門あるいは個人の業績も、この数字に基づき当初の予算に対する達成度を中心に評価されます。企業によってはフォーキャスティングの精度に対してまでも、評価の対象にする場合があります。これは、欧米型管理会計の基本的な考え方であり、管理会計・予算管理のITツール(パッケージソフト)はこのような価値観がベースにあります。

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管理会計に関わる新たな取り組み

このトップダウンを基本としたオペレーションは極めて洗練された仕組ではあるものの、評価の基準が財務的数値に偏りすぎていたり、当初予算の達成という意識に縛られ過ぎていたり、経営層の意思に強く依存しすぎている等、欧米系企業においても課題が指摘されてきたことも事実です。そこで、管理会計に関わる新たな取り組みが始まります。

90年代~2000年初頭に登場した管理手法

まずは、90年代初頭に提言された、バランストスコアカードがその一つです。財務数値視点での管理の偏りを是正するために、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点等の非財務視点のKPI(重要業績評価指標)の設定が提唱されました。

また、年初の財務的数値予算(バジェット)もさることながら、活動指標をより重要な目標値(ターゲット)とし、会計期間に拘泥されないローリングフォーキャスティングを中心とした予算管理の手法として登場しました。

臨機応変な対応を可能にする管理手法

そして最近では、ビジネス環境の変化に対して、現場での臨機応な対応を可能とするOODAループ等も提唱されています。

これは従来のPDCAサイクルに対応できないビジネスサイクルの管理手法として、Observe(観察)、Orient(方向付け)、Decide(意思決定)、Act(実行)というプロセスを示しています。その一つの特徴として、一度だけの実行ではなく、調整しながらこのループを何度も素早く繰り返すことが基本的な管理手法であるということが挙げられます。

これまでの予算管理へのアンチテーゼ

いずれの手法も、従来の洗練された欧米系企業のトップダウン型のPDCAサイクルを基本とした予算管理の仕組へのアンチテーゼとも言えるものなのです。

これらの新たな取り組みで語られてきたことは、財務数値だけに依存しない企業活動の実態把握、会計期間に拘泥されない管理サイクル、それに加えてトップマネジメントだけに依存しない意思決定のプロセスなどです。昨今、現実のものとなっているVUCA時代への対応の中で求められていることであり、これからの管理会計を語るに際して避けて通れない論点となっています。

日本企業の特徴と海外からの評価

見直される現場力

これに対し、日本企業での管理会計への取り組みはどのようなものでしょうか。一般的に、日本企業においては、経営者、中間管理職、現場管理職の役割が欧米系企業ほど明確に構造化されていません。もちろん、経営者が考え、中間管理職がその考えを下位組織に浸透させ、現場が実行に移すという流れは日本企業においても欧米企業においても大きな差はありません。

現場レベルで考え行動する

ただし、多くの日本企業では、経営層レベルから具体的な数値目標が提示されるというより大枠の数字と活動指針が示され、数値的な具体化は中間管理レベルで行われる場合が多く見られます。その中間管理レベルでの具体化も、実態としては現場レベルとの摺り合わせの結果で積み上げられたものとなっています。まさに、ミドルアップミドルダウンと言えます。

欧米系のマネジメントスタイルと大きく異なり、現場は“言われた通り実行する”のではなく、冗長性のある目標・方針に対して現場レベルで考え行動することを前提としています。中間管理職は“経営者の方針・目標を忠実に伝達する”のではなく、自身で考え経営層の指針を斟酌しながら下位組織へ伝達することが求められます。ある意味、日本企業というのは、中間管理レベル・現場レベルが主体となった経営層だけに依存しない極めて自律的なオペレーションを行っていると言えます。

現場の活動が見えづらい課題も

一方で、経営層から見ると自律性が高いがゆえに、現場の活動が良く見えないという議論もあります。しかし、そもそも日本企業のマネジメントスタイルが、数値的見える化を強く要求していているのでしょうか。日本の製造業における見える化は現地現物主義に代表されるように、現場の作業実態、製品・半製品などの現物の状態という「物理的な現実」を見極めた上で判断するという見える化が要求されています。言い替えると、欧米スタイルの洗練されたトップダウンを基本とした「数値ベース」の管理会計の仕組みとは親和性に欠ける世界だと考えられます。これが、日本企業においていわゆる欧米型の管理会計の仕組みが、今一つ機能してない要因だと考えます。

海外からの評価は高い日本企業のオペレーション

ところが、このような日本企業のオペレーションをBBRT(ビヨンドバジェッティングラウンドテーブル)や、OODAループ提唱者は評価しています。BBRTは2004年のホワイトペーパーの中で、トヨタをワールドクラス製造モデルとして紹介しています。評価のポイントは、会計期間に拘泥されない3年スパンでのストレッチした目標設定であり、かつ、その目標は財務的数値でなく業務レベル(時間、品質、変革、コスト(効率))のものであることです。そして、それを月次でローリングさせていること、トップダウンでなく現場チームのレベルで自律的に立てられた計画であることなどが挙げられます。

また、OODAループについても、“トヨタの現場はOODAループで回っている”と言えます。トヨタの管理会計モデルは、決して欧米型のいわゆる洗練されたトップダウンモデルでないことは確かです。現地現物、カイゼンはOODAループの“Observe(見る)、Orient(分かる)、Act(動く)に直結するものであり、しかもそれを自律的に現場完結として動かしている辺りを評価しているのだと思われます。

注目される「現場の自律性」

ビヨンドバジェッティングでもOODAループでも、トヨタを事例として日本企業の製造業の現場力の強さが認められる要素の一つです。経営環境の変化に俊敏に対応する管理会計を考えるに際して、現場の自律性というのは注目すべきキーワードです。

欧米企業においても、財務数値を中心の行き過ぎたトップダウンシステムから、業務活動指標を中心とした現場の自律性に重心を置くシステムへの転換を模索しているがゆえに、日本企業の現場力に基づく自律性が新鮮に映るのではないかと考えています。この辺りに、日本企業のこれからの管理会計を考えるポイントがあるのではないでしょうか。

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現場力を活かす管理会計と、経営力を高める管理会計

ミクロな管理会計とマクロな管理会計

中間管理職、現業部門の人的レベルの高い日本企業には「あなたはトップから言われたことを伝達するだけ」「あなたは言われたことをやるだけ」というトップダウンシステムはフィットしません。ただし、現場の自律性だけに頼るオペレーションだと、糸の切れた凧状態となってしまいます。そこで、全社レベルの管理会計のフレームワークを整備しつつ、その枠組みの中で現場の自律的オペレーションを実施していくという体系が必要です。全社レベルのマクロな管理会計サイクルと、中間・現場レベルのミクロな管理会計サイクルという、二つの管理会計サイクルの視点があると言っても良いでしょう。

マクロな管理会計では、市場を代表とする利害関係者にコミットした、当年度の財務数値目標(予算)を達成することが求められます。そのため経営者は、その意思(戦略)を数値として組織へ展開していき、予算との差異とその要因について、財務数値的に事業別、拠点別等の全社的視点から常に把握できなければなりません。いわば、経営管理のベースロードのような仕組みと言えます。

予算との差異を解決するには

差異の実態は、営業現場や製造現場にも存在します。そして、それらを解決するのもまた営業現場であり製造現場です。ここに、ミクロな管理会計サイクルが存在します。そこでは過去の事象だけでなく、顧客、市場等の将来の環境変化も察知し、その結果発生すると思われる差異をフォーキャスティング(先読)し、先手が打てるような管理の仕組みが必要です。これは、ビヨンドバジェッティングでのローリングフォーキャスティングであり、結果としての財務指標でなく先行指標としての業務活動レベルのものをKPIとする考え方です。OODAループでの生データを元にしたObserve(観察)、Orient(状況判断)、その上でDecide(意思決定)、Act(実行)というプロセスを何度も素早く回す手法です。

企業文化にフィットした管理会計の仕組み整備

冒頭に述べたように、管理会計は企業文化そのものです。企業の特性、組織体制、人材の厚みなどにより管理会計への取り組み方は変わります。マクロな管理会計サイクルがそれなりに整備されているのであれば、現場の自律性の強化のため、ミクロな管理会計サイクルの整備が必要となるでしょう。一方で、現場が強くミクロな管理会計サイクルは機能しているが、全社レベルの仕組が弱いのであれば、全社レベルのマクロな管理会計サイクルの整備が必要です。日本企業のマネジメントシステムの脆弱さは、多くの場合、この全社レベルのマクロな管理会計サイクルの未整備さにあります。そしてこの領域の強化は、ひとえにトップマネジメントのマネジメントシステムへの意識レベルに依存しているとも言えます。

アジャイルな管理会計サイクルを求めて

日本企業の弱みを強みに

変化の激しいVUCA時代において、管理会計サイクルに求められるアジリティは、環境の変化に応じて一旦立てた目標に拘泥すること無く俊敏に対応できることです。そのためには、組織体制や意思決定のメカニズムも重要ですが、顧客・市場に近い現場部門での判断力、即ち自律性を持った人材の確保がより重要となります。

洗練された欧米型のマネジメントシステムと比較すると、日本企業の経営層と中間層と現場層が混然一体とした一見曖昧模糊なマネジメントスタイルは、日本企業の弱みにも見えます。しかし、現場に自律性が求められるVUCA時代において、この現場層が時には中間層、経営層の役割も果たすような、混然一体さは強みとして捉えるべきではないでしょうか。現場層も中間層も、いざとなれば経営層のマインドで行動できるポテンシャルを持っているということです。この混然一体さがアジリティの鍵になるかもしれません。

このように書くと、今のままで問題が無いように聞こえてしまうかもしれませんが、そうではありません。日本企業のこのスタイルを強みに変えるためには、全社経営管理ベースロード的なマクロの管理会計が一定レベルで機能していることが大前提です。変化のスピードだけでなく、変化の振れ幅も大きくなってきている中で、現場力だけでは乗り切ることができない意思決定の場面が増えています。

現場力を最大に発揮するためにも、全社経営管理のベースロード的なマクロな管理会計サイクルと、現場の俊敏さを反映できるミクロな管理会計サイクルの調和をさせていくことが、これからの管理会計に求められることではないでしょうか。


エディター

大山 あゆみ(LTS コンサルタント)

自動車部品メーカーにて、グローバルで統一された品質管理の仕組みの構築・定着化を支援。産休・育休を経て、CLOVER Lightの立ち上げ、記事の企画・執筆を務める。現在、社内システム開発PJに携わりながら、アジャイル開発スクラムを勉強中。Scrum Alliance認定スクラムマスター(CSM)、アドバンスド認定スクラムマスター(A-CSM)、Outsystems Delivery Specialist保有。(2023年12月時点)