【アプローチ】業務ではなく価値が基点<人的資本経営の実践は変革力の醸成と旧来型マネジメントからの転換が鍵となる>4/5のサムネイル
プロセス変革・業務改革

【アプローチ】業務ではなく価値が基点<人的資本経営の実践は変革力の醸成と旧来型マネジメントからの転換が鍵となる>4/5

「人的資本(経営)」がクローズアップされる一方、日本企業では仕事に熱意を持つ〝エンゲージ社員〟は世界最低水準とも指摘されてもいます。いま何が問題なのか、何が求められているのか、どうすればいいのか―。LTSは7月「価値創出プロセスを基点とした人的資本戦略・マネジメント転換支援」サービスをリリースしました。執行役員・Business Development & Insights事業部長の島野陽介が、人的資本の可能性最大化と企業の変化適応力=ビジネスアジリティ獲得についてレポートします。(全5回)
島野 陽介(LTS 執行役員 Business Development & Insights 事業部 部長)

SIerを経て、LTSに入社。事業開発やDXなどのビジネス・コンサルティング案件に従事。近年は業界を問わず、事業・組織・マネジメント・業務・ITなどの幅広いテーマで、クライアントにおける企業変革の企画・設計および実行に多く関与している。(2024年7月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

始まりは現場が変わること

ここまで述べてきた内容は大きな変革であり、自社で出来るイメージがつかないと感じる方もいると思います。しかし、マネジメント転換は経営を基点とする変革ではなく、現場を基点とする変革を通じ実現できると考えています。

経営層をはじめ、上位層を基点にはじめられば話は早いのですが、上位のマネジメント層が「過去の成功体験から抜け出せない」、あるいは「現状を踏襲するような守りのマネジメント」(※9)になってしまっている場合、上位層を基点に変革を起こしていくことは難しいでしょう。

(※9)例えば、年功序列の配置によって、世代交代が進まず、若手の経験不足につながっている。ゆえに、経験豊富なベテランがマネジメント職に年功序列的に配置される。加えて、マネジメント職に就いてから数年で定年を迎えるという中で、自らリスクを取って組織を越えるような変革活動を主導するというモチベーションを持ちづらいという状況が推測される。結果として現状を踏襲するような「守り」のマネジメントになってしまい、中長期的・本質的な変革が起こりづらい状態。

このような状況にある組織においては、現場を基点に組織を越えた変革を小さく始めることがはじめの一歩になります(図12)。そして、現場の変革と同時に旧来の組織軸のマネジメントスタイルから、価値を基点とするマネジメントスタイルに変えるのです

(図12)現場基点で“適切な範囲で“小さくはじめる

なお、変革活動は、価値を基点に課題を設定し、エンドツーエンド(e2e)プロセスを変えていく活動になりますが、そのプロセスを維持するためには、プロセス変革と同時に、組織を越えたプロセスオーナー(※10)を設置したり、上位の財務指標から分解するような画一的なKPI設定ではなく、価値を阻害するボトルネックを特定してKPIを設定し、変革し続けるといった新しい考え方への転換が必要になります。マネジメント転換を単独で始めるのは難しいですが、プロセス変革とあわせて、マネジメントスタイルを変えていくことは比較的やりやすいと考えています。

(※10)全社目標を理解し新たなプロセスの方向性に関する意思決定ができるプロセスの責任者

「カイゼン」だけでは通用しない

現場を基点に変革を小さくはじめるとして、その範囲はどのように考えればよいでしょうか。それは、価値を基点として、仮説検証サイクルが完結する単位です。

サプライチェーンにおける「在庫適正化」課題を例にとってみると、在庫適正化は少なくとも製造部門、営業部門双方の協力があって実現されるものです。しかしながら、在庫適正化を目標に製造部門のみで検討していても、アプローチできる課題・施策は限定的なものにならざるを得ません。既にやれることはこれまでもやってきており、大幅な変革は難しいでしょう。また、検討した施策は、他機能の影響も受けるため、その効果を検証することが難しくなります。

したがって、在庫適正化という価値を基点にした時、関係するプロセスを俯瞰し、価値を阻害するボトルネックを特定し、課題を設定することが重要となります。価値を基点とするe2eプロセスとなるので、施策の効果を検証しやすくなり、目標とのギャップやその要因分析もしやすくなるため、価値に資する改善をし続けられます(図13)

(図13)変革の範囲の違い

価値を基点に価値を阻害するボトルネックを捉え、関係するプロセスを変革し続けることが、持続的な価値創造に不可欠なのです。企業全体でなくとも小さな範囲でもこのような考え方で変革を実行し、同時に、価値を基点とするマネジメントスタイルに転換していくことが重要と考えます。

なお、組織の視点ではなく、価値を基点に仮説検証サイクルを回すことができるかどうかがこれまでのマネジメントスタイルとの違いとなります。これは当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、実は階層型組織において、組織を越えた価値を基点になんらかの活動をすること自体が難しい場合が多いと考えています。

上記の仮説検証サイクルを回すことが出来る課題領域の範囲を検討することに加えて、変格リーダーの管理スパンにも注意が必要です。変革リーダーがプロセス変革後のプロセスオーナー候補として想定できれば、変革活動の持続性を担保しやすくなります。一方で、安直に横断組織やプロセスオーナーとしてCxOを設置しても機能しないことがままあります。その原因のひとつにプロセスオーナーの権限と旧来のマネジメントスタイルにおける権限の不整合(不足)があります。

変革リーダーの管理スパンを大きく超えた課題テーマを掲げた活動においては、上位マネジメントや他部門からの抵抗にあって、活動が頓挫する可能性が高くなります。加えて、大きな労力で実際の変化までこじつけた場合でも元に戻ってしまうケースもあります。変革活動を一過性にしないためにも、変革の範囲は、変革を推進するリーダーの管理スパン内(名目上の分掌よりは実質的な影響力)とすることが望ましいでしょう。

Think big, start small

マネジメント転換は、一足飛びに実現できるわけではありません。目指す状態に向けた中長期的な活動のスピードと実効性を担保するためには、目指す状態に向けて段階を経る必要があります。また、新しいことへのチャレンジは、良い失敗からの学び、勝ち筋を見極めるため、Think big, Start small (志は大きく、スタートは小さく)が基本となります。

したがって、現場での変革活動を早く一周させて、成功体験を得ることが重要です。変革活動から学び、それを変革モデルとして他領域に展開していくことで、全社的な変革につなげることができると考えます(図14)

(図14)目指す状態に向けた段階

加えて、自社の変革力が十分でない場合には、外部の知見・リソース活用を検討することになりますが、外部支援には規律が必要です。すべての役割を外部に丸投げするようでは、自社の組織能力の醸成やマネジメント転換は実現できません。変革の初期段階においては、早く学びを得るために、外部の力を借りてスピードと実効性を担保しつつも次の段階からは、初期段階で確立した変革モデルをもとに、自社を中心とする体制を構築し、変革活動をやりきる中で、組織能力を醸成していく方針が良いと考えます。

このように、目指したい状態を見据えつつも、自社の現在地を正しく認識し、目指したい状態までの段階を具体化することで、地に足のついた活動とすることができます。

変革プログラム策定の検討ステップ

地に足のついた活動となる変革プログラム策定の検討ステップを説明します。

目指す状態に向けたベクトルが合わないと、目線が合わずその場しのぎの散発的な活動になったり、経営からの短期的な成果を求めるようなプレッシャーに対抗できません。一方で、目指したい状態の青写真だけでは、絵にかいた餅で何から始めればよいのか関係者間で認識を合わせられません。他方、目の前にある具体的な問題をモグラ叩き的に対応しても本質的な課題解決にはつながりません。

したがって、目指す方向性を定め、同時に目指す状態に至る現実的な段階について、関係者が共通の認識を持つことが先決です(図15)。これがStep1で、先ほど述べた目指す状態と目指す状態に向けた段階を具体化することで、目下何をやるべきかをはっきりさせることです。

(図15)変革プログラム策定の検討ステップ

Step2では、目下の活動としてのマイルストーンを決めます。マイルストーンは、早く学びを得ることに加えて、経営からのプレッシャー、プロジェクトメンバーのモチベーションを考慮すると、長くても半年から1年以内に設定することが望ましいでしょう。

Step3では、これらを推進する活動を組成します。自社の組織の状態、組織能力を踏まえ、外部活用の可能性もあわせて検討します。Ste1-2が明確であれば、活動に必要な役割や体制について関係者の中で認識を合わせやすくなります。

なお、活動の推進体制は自社における組織能力(変革力)醸成を見据えられると、なお良いでしょう。例えば、将来を担う世代が変革を自走できる状態とすることやマネジメント転換の第一歩としての体制も念頭に考えることです。そうすると、おのずと活動の実行主体は現場や若手を中心とする体制になり、上位マネジメントの役割は、現場の活動をサポートすることになります。

このような体制のもと、タテヨコの組織構造にとらわれず、将来を担う世代と現在のマネジメントが喧々諤々ディスカッションする中で、組織間の壁や階層間の分断を解消するのです。むしろ、このような議論を経なければ、組織を越えた合意形成はできないと考えます。そして、現場が一枚岩になって経営に持って行けば、意思決定を得られやすくなります。また、経営としても現場活動を支援しやすくなるでしょう。