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システム開発の顧客満足に繋がる品質(応用編) システム開発は接客業⑦

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2015年2月から連載を開始した記事を移設したものです。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

前回はシステム開発の顧客満足に繋がるプロセス品質基本編として迅速性・正確性・好印象についてお伝えしました。この3つの品質は顧客満足のベースになるため、当り前に担保しなければならないものです。ということは「感じ良く、正確に迅速に対応する」だけでは十分な顧客満足は得られないということになります。そこで、システム開発の現場でより高い顧客満足を得るために重要になってくるのが共感性・迅速性・安心感です。

共感性:関係者の想いに配慮しつつも本来の目標を見失わない

昨今、多くの調査でベンダーの提案力やプロジェクト推進力の低さについて問題を指摘する声があがっています。言われたことだけやりますという態度のベンダーが多くなっているのです。共感性はこのような問題を解決し、お客様と一体感を持ってプロジェクトを進めていくうえでとても大切な品質です。共感性を発揮してこそ、お客様の立場に立ち、一体となってプロジェクトを推進することができます。

とはいえ、システム開発サービスでは共感性を発揮することが難しいことも事実です。その理由のひとつは、システム開発サービスには技術的な要素が多いため、お客様自身が期待していることをうまく表現することが難しい点があげられます。理由のふたつ目は、「お客様」はひとりではなく色々な立場・役割の方がいらっしゃる点です。立場・役割が違うためそれぞれの期待は異なりますし、時に同じ立場であっても違う期待を持っていることさえあります。

ひとつ目の理由に対応するためにはベンダーはさまざまな立場のお客様一人ひとりに向かい合い、内なる声を聞き、本当に求めているものをつかむための個人への共感を発揮する必要があります。ふたつめの理由に対応するためにはベンダーは複数の関係者の意見を調整し、組織全体の最適解に導くための組織への共感を発揮する必要もあるのです。

しかし、この2つは相反することがあります。たとえば、プロジェクトの方針に後ろ向きの担当者が参画していることは珍しくありませんが、このような際に個人への共感だけを発揮し、後ろ向きのユーザーの言葉を受け止めたのではプロジェクトの使命を達成することはできません。一方で、プロジェクトの主張を一方的に押しつけたのでは、このユーザーの協力が得られません。

よってシステム開発では、経営やプロジェクトへの理解と目の前の個人に対する配慮をうまく両立する必要があります。そもそも個人と組織の想いがずれるとはどういうことなのでしょうか。相対している個人から市場や社会への共感までを図にすると次のようになります。

お客様の担当者は、プロジェクトに所属しています。プロジェクトは、プロジェクトを主管している部署に所属しています。部署の先にはお客様企業そのものがあり、さらにその先にはお客様のお客様もいます。よって個人の主張は、所属するプロジェクトの方針と整合が取れていなくてはいけません。そしてプロジェクトの方針は所属する部署の方針と整合が取れている必要があります。究極的にはそれらの方針は会社全体、そしてその先へとつながるものでなくてはいけません。

最終的に必要となるのが、お客様のお客様への共感です。お客様企業がBtoC 企業であれば消費者の目線ですし、BtoB 企業であれば取引先の目線です。それらの目線を元にお客様企業が市場にどのような戦略で臨み、プロジェクトがその戦略の中にどう位置づけられるのかをお客様と対等に話せる必要があるのです。

柔軟性:計画にただ従うのではなく、状況に合わせて軌道修正する

柔軟性は共感性と共に発揮することで機能します。共感性は顧客満足を得るうえで、いわばアンテナの役割を果たします。共感性によりサービスに何を期待されているのかを理解できるのです。しかし、お客様の期待を把握しても、サービスが画一的でお客様の多様な要求に応えられるだけの柔軟性を持っていなければ意味がありません。

柔軟性を発揮するためには、曲げてはいけないことの見極めが大切

柔軟性を発揮する対象はいろいろとありますが、ベンダーとお客様との役割分担」「スケジュール、予算などの計画」「過去の検討の確定事項」が主要な項目です。でも、柔軟性はどこまで発揮してよいのでしょうか。お客様の期待に際限なく応えるわけにはいかないため、柔軟性を発揮してよい範囲の見極めができている必要があります。システム開発で変化させてはいけない代表例としてはプロジェクトの前提事項・コンプライアンス・情報セキュリティに関することです。

プロジェクトの前提事項とは、システム開発の目指す最終的な姿や期待している効果といった事項です。たとえ一部の部門からの強い要求があったとしても、システム開発の目標と矛盾するような機能を導入することはできません。また、計画変更や仕様変更が積み上がった結果、プロジェクトのROI(投資対効果)が許容限度を超えてしまったのでは問題です。この見極めができなかった結果、システム開発の本来の目的がなおざりにされてしまい、動かすことだけがゴールとなったプロジェクトを見かけます。もし、これらの前提がくつがえるような事態が起こった場合は、柔軟に対処するのではなく、プロジェクトのあり方そのものを再検討すべきです。

一方のコンプライアンス・情報セキュリティですが、たとえばお客様との契約手続きがプロジェクト開始に間に合わないときに、契約せずにプロジェクトを開始する柔軟性はコンプライアンスに触れます。この場合、法務などの関連部門と一体となって、通常よりも早く契約処理を進めるよう努力する柔軟性が正解です。同じように一定のルールを決めたうえで自宅作業を認めるのは必要な柔軟性かもしれませんが、「時間がないから」という理由でルール違反にもかかわらず、PCを持ち出して自宅作業を行うのは柔軟性ではありません。

安心感:安心できる情報を提供しつつ、お客様をガイドする姿勢で対応する

リスクが高く失敗事例も多いシステム開発では、お客様に安心感を提供することがとても大切です。これまで紹介した迅速性や共感性も安心感の一部と見ることもできますが、ここではこれまでに触れられていない要素を取り上げます。それは徹底的な情報開示・過去の実績・お客様を導く姿勢の3つです。

お客様にとっての一番の安心は適切に情報が開示されることです。時には悪い情報であっても、しっかり開示するほうがお客様に安心感を持ってもらえることがあります。ベンダーの情報開示でとくに話題となるのは、コストの見積りです。理想を言えば開発要素を分解し、お客様が納得いくレベルまで透明性を高める必要があります。

提案時に過去の実績を求められるのも、お客様は安心感が欲しいからなのです。これは提案プレゼンをしたことのある方であれば実感頂けるのではと思います。また、提案時やプロジェクト期間中も「私がいれば大丈夫」の姿勢で安心感を醸しだすことも大事です。お客様は慣れないプロジェクトの運営に不安感を持っているので、ベンダーはプロフェッショナルとしての姿勢を見せて不安を和らげることが大切です。共感性のアンテナでお客様の不安をキャッチしたら、安心感を与えるようなコミュニケーションをとるなど、努力することが必要です。

ここまでで、プロセス品質を高めること=より高い顧客満足を得ることになる、ということはご理解いただけたと思います。ちなみに私たちがなぜ高い顧客満足を得るために努力するかといえば、新規や継続の案件を頂けるようにするという営業目的があります。でも実は、お客様と信頼関係を構築することは、ベンダー側の社員や協力会社メンバーの従業員満足度にも大きく貢献します。お客様との関係性の崩れたプロジェクトルームには誰も出社したくはありません。

本書『 サービスサイエンスによる顧客共創型ITビジネス 』に記したプロセス品質を実現した結果、お客様と密接な関係を気づくことは職場環境を良いものにしますし、良い職場環境は社員の生産性を上げる効果があることも多くの研究で実証されています。プロセス品質はプロジェクトメンバーの生産性とモチベーション向上にも貢献するのです。このように、高いプロセス品質を実現することはお客様、会社、社員の三者に大きなメリットをもたらします。

これからのITビジネスは共創の時代へ

これまでのシステム開発サービスは、お客様から提示された仕様に沿ってソフトウェアを作ることでした。これは情報システム開発をサービス業というより製造業として捉えていたためです。この場合、大切なのはソフトウェア製品を正確に仕様どおりに、納期遵守で仕上げることが中心で、担当者に求められたのは、ビジネスマンとしての好印象なマナー程度でした。

しかし、現在のシステム開発サービスなどのITビジネスでは、このような考え方では成り立ちません。業務の複雑さは増し、市場の環境の変化は激しく、一方でお客様は自社の業務プロセスやITに関する理解が不十分であることも少なくありません。求められるシステムの姿をベンダーも共に考えていかないとプロジェクトを成功裏に終わらせることは難しくなっています。このような環境では、言われたことを正確に納期までにこなすだけでは高い顧客満足を得るとか、リピート発注につながることはありません。

総じてこれからのお客様とベンダーの関係は「発注者と受注者」の関係ではなく、お客様がベンダーになんでも相談でき、共にあるべきシステムの姿を考える「パートナー」の関係になる必要があります。これが情報システム開発における共創型サービスモデルです。ということは、高い顧客満足を得るために「好印象」「正確性」「納期遵守(迅速性)」はもちろん、「共感性」「柔軟性」「安心感」が一層大切になるということです。これができて初めてお客様は「悪くない」を超えて、「満足」もしくは「感動」「驚き」という、より高い顧客満足を感じてもらえるようになるのです。

さて、前回と今回のコラムで「システム開発におけるプロセス品質がどのようなものか」をお伝えしました。しかし、それはあくまでも全体像であって、お客様すべてに同じようなサービスを提供すればよいわけではありません。たとえば、こまめな進捗報告を高く評価するお客様もいれば、あまり評価してくれないお客様もいます。したがって、プロセス品質は漠然と実現させればよいのではなく、お客様の特性に合わせて実現する必要があるのです。そこで次回からは、システム開発の現場にいる「お客様」とは誰なのか、どんな種類の方たちがいてどんな特徴があるのかに焦点を当ててみたいと思います!