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デジタルテクノロジー

企業にとってのDXとはお客様との関係の再構築 DXに取り組むとは、未来の社会を描くこと②

「デジタルトランスフォーメーション(以降DX)とは何か?」この問いに対する議論はこの言葉が登場して以来、さまざまなところで行われてきました。私たちはLTSとしても、この数年間さまざまなDXの取り組みを推進してきましたが、この経験から今回あらためて「DX」に対して向き合ってみることにしました。このコラムでは、私たちが考えるDXの定義、そしてDXへの向き合い方について、全4回で論じます。
亀本 悠(LTS 取締役CSO)

戦略コンサルティング会社から2011年にLTSに移籍。デジタル活用サービスを展開する事業部門の責任者として、サービス開発および事業規模拡大をけん引。19年3月に取締役に就任。(2022年3月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

企業にとってのDXとはお客様との関係の再構築

なぜ、「事象としてDX」を意識することが大切なのでしょうか。それはビジネスの出発点が常に社会やお客様のニーズだからです。デジタル技術が社会に浸透したことにより、お客様の行動は大きく変化しています。ですから、この変化したお客様の行動を理解し、自社とお客様との関係性を再構築することなしに、これからのビジネスの在り様を考えることはできません。言葉を変えると、企業にとってのDXとはデジタルをどう活用するかということ以上に、デジタルで変わるお客様の行動にどう適応するかであるとも言えます。このことを音楽業界の例を踏まえて考えてみましょう。

デジタル化により変化するお客様の行動

情報の流通による市場ニーズの分散

今、リスナーに音楽を届ける手段が多様化しています。もちろんCDといった物理媒体も未だ健在ですが、明らかに音楽配信や動画視聴サイトといったデータを直接リスナーに届ける手段(いわゆるストリーミング)が主流となっています。その結果、リスナーの志向の多様化が急速な勢いで進みました。今は誰もが知っていて、皆が話題にする、強い影響力を持った曲やアーティストは以前に比べて誕生しにくくなっています。

かつての音楽業界ではテレビやラジオのような大手メディアに影響力を持ち、CDの販売網を持つ大資本が圧倒的に優位でした。どのような楽曲を市場に流通させるかは、資本を持つ側の意図で制御できる環境にあり、その意味で過去のヒット曲は、お客様のニーズを捉えていたことに加えて、情報制御で作り出していた側面もあります。

しかし今、アーティストは動画視聴サイトなどを使って大資本に頼らず直接、曲をリスナーに届けることができます。リスナーもネットの情報や、SNSなどを通じたつながりから、自分が求める音楽にメディアを介さずにたどりつくことができます。これまで大資本によって選別されていた情報が自由に流通するようになったことで、市場におけるニーズの分散が起きたのです。これと同じことは、音楽に限らずファッションや書店などさまざまな業界で進んでいます。

デジタルとアナログの融合による新しい顧客体験の形

またデジタル技術は、音楽の楽しみ方にも変化をもたらしました。おもしろいことに、デジタル技術の浸透により、むしろ人々は音楽をより生で、つまりコンサートやライブに足を運んで聴くという行動をとるようになったのです。

これはコロナ禍以前の音楽業界の動きですが、音楽の利用に支払われる著作権料の推移は常に一定の規模で変わらず推移してきました。著作権料はメディアの販売で支払われる額が減る一方で、ネットワーク配信によって支払われる額が増加しています。そしてそれ以上に増加したのが演奏によって支払われる額です。CDの売上減少は音楽配信などの販売手段の多様化も一つの要因ですが、それ以上にリスナーが音楽を、メディアを通してではなく、直接ライブで聴くようになったためです※1

この背景にはさまざまな要因が絡んでいますが、モバイルとSNSの浸透により、人々がより他の人との“つながり”を意識するようになったことが大きな要因の一つです。受け身で音楽を聴くだけでなく、ライブ会場にいってその場に“参加する”、そしてそれを“シェア”するということです。今のリスナーは、SNSでシェアされた歌手の音楽を、YouTubeで聴きます。さらにそれをシェアすることで同じ歌手を好きな人とつながることができます。その先では、さらに充実した体験を求めてライブ会場に足を運びます。ライブでは音楽そのものだけでなく現地への移動や、場の雰囲気、他のファンとの交流、グッズの購入など、さまざまなことを体験します。そしてそれらの体験はまたSNSを通じてシェアされていきます。これら全部がセットで顧客体験です。そこにはデジタルでのつながりと、アナログな、つまり生の体験を融合する流れを生み出しました。音楽業界のDXを理解するには、決して「CDがAmazon Musicへ」とか「CDがYouTubeへ」といったことだけではなく、音楽の楽しみ方全体を大きく捉えなおす必要があります。

※1
少なくとも2019年まではこのような流れにあり、2020年以降はコロナ過により演奏によって支払われる額は激減し、ネットワーク配信によって支払われる額がさらに増加しましたが、この対談を行なった2022年時点ではコンサートやアーティスのライブは全体的に再開される方向になっています。人流は復活しつつあり、人はまたリアルな体験を求めて街にでていくのではないかと思われます。ここでの音楽業界の動向は『ヒットの崩壊』(柴那典、講談社現代新書)を参考にしました。

自社とお客様との関係を再構築する

お客様のニーズを先取りして市場変化に素早く対応する

CDが売れなくなったからといって音楽業界にとってのお客様が消えたわけではありません。市場規模も減少してはいません。しかし、お客様の行動は大きく変わりました。企業はこのような変化に機敏に対応するとともに、可能であれば変化を先取りしていかなくてはなりません。デジタル技術の活用そのもの以上に、デジタル技術が浸透した結果、変化するお客様の新しい音楽の楽しみ方に適応したビジネスとはどのようなものかを問う必要があります。

ここで「デジタル技術を使って何かしなければ」と焦り、単純に音楽を届ける媒体をCDからストリーミングに“デジタル化”したところで大した効果はでません※2。人々が音楽を楽しむ構造全体の変化を理解した上で、ビジネスを再構築する必要があるのです。あなたなら、お客様が新しい音に出会い、楽しみ、それを自らの体験に取り込んでいく過程をどのようにプロデュースしますか?当然、課金する手段も、課金する対象も変わります。以前のように3000円のCDを100万枚売るという世界ではないのです。

もちろん、その変革の過程では配信技術やSNSなどさまざまなデジタル技術が活躍しますが、そこは取り組みの本質ではありません。音楽業界にとってのDXとは「デジタル技術によって変化したお客様の音楽の楽しみ方にどう適応するのか」であることが分かります。

※2
本来はCD自体もデジタル技術ですが、ここではストリーミングをより高度なデジタル技術としてとらえています。

自分だけの特別な経験を得られる商品・サービスを重視する傾向に

DXが進む社会は、企業にお客様との関係性の再構築を求めています。実は過去の企業はお客様との関係性をそこまで深くは考えてきませんでした。それは、これまでビジネス全般が製造業型のモデルで考えられてきたことにあります。

製造業型のモデルとは「高い機能のモノを作れば売れる」という考え方です。自社で開発した技術を製品に埋め込み、どんどん高性能化させていけば、それは市場から受け入れられるはずだという、いわゆる「プロダクトアウト」と言われる考え方がそこにはあります。このようなモデルにおけるお客様の存在は製品を届ける先にすぎません。「お客様は大切」と言いながらも、その実は自社目線のビジネスに注力していたわけです。音楽業界でいえば、プロデューサー目線で有望と思われるアーティストを発掘し、そしてメディアを通じて世に送り出し消費者の目を無理にでもそこに向けさせるといった世界です。

しかし、現在の市場ではそのような論理では動きません。多少良い製品を送り出してもすぐに模倣されてしまい、結果的にどのようなメーカーの製品であってもその性能は似たりよったりです。しかも、高機能になりすぎた製品を消費者が使いこなすこともできません(私は自宅のテレビの機能を半分も使っていないと思います)。市場が良いモノであふれてしまったことで、お客様からすればただ製品を買うだけなら、どのメーカーのものでも大差ない状態になってしまいました。お客様はありふれた製品やサービスに魅力を感じなくなり、他にはない自分だけの製品を得ることで自分らしさを追求したり、製品やサービスを選び、作り、使うという顧客体験全体を通して、特別な経験をしたり、それらを他者と共有したりすることに重きを置くようになっています。しかも、デジタルで自らの意思で情報にたどり着けるようになった消費者は、大企業の資本に物を言わせた広告・宣伝をかいくぐって、自らが求めるものに自分でたどりつきます。

デジタル技術が生み出した「プロセスエコノミー」

このようなお客様の行動の変化は市場の「プロセスエコノミー」という状況を生み出しました。これまでのただ製品を届けるという経済を「アウトプットエコノミー」とするなら、お客様の特別な体験(=プロセス)をプロデュースするという経済です。このような流れは過去「製造業のサービス化」「モノからコトへ」「経験価値(体験価値)志向」といったさまざまな言葉で説明されてきました。このプロセスエコノミーへの移行の背景にあるものが、デジタル技術による社会のコミュニケーションの在り様の変化であることは、先ほど説明した通りです。

プロセスエコノミー下における企業活動はこれまでとは大きく異なるものになります。製造業であれば、お客様は単に製品を届ける先ではありません。例えば製品企画においてお客様と共創し要望を取り込んだ製品を企画する、自社の製品を定額契約の中で自由に使ってもらい継続的な関係を作る(いわゆるサブスクリプションモデル)、製品の使い方や使った感想を共有できるユーザーコミュニティを組織するといったように、お客様が製品を使うライフサイクルのすべてでお客様と接点を持ち、自社のファンと継続的な関係を築いていく必要があります

このようにDXの根底にある命題は、デジタル前提の社会環境下で変化するお客様との関係の再構築です。その変化を端的に表す言葉が“プロセスエコノミー”となるわけですが、次はこのプロセスエコノミー化したビジネスの姿について、より深く考えてみましょう。