東京大学生産技術研究所で特任研究員として気候変動・洪水リスクの研究にも携わる。2020年に博士号を取得、MS&ADインターリスク総研株式会社に勤務後、2021年9月にGaia Visionを創業。(2023年1月時点)
兵庫県生まれ。Webコンサルティング会社、営業代行会社を経て法人向けWebコンサルティングで起業。その後2018年9月、Tech Design(現Resilire)を創業。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2022。(2023年1月時点)
受賞企業3社の事業概要
世界最先端の洪水シミュレーション技術を持つGaia Vision
北(Gaia Vision):
Gaia Visionは2021年に創業した東大初のスタートアップです。
小学生の頃から気候変動に関心があり博士まで進みましたが、データや論文だけではなかなか多くの人には理解してもらえないので、研究だけではなく研究を社会実装する仕組みが必要だなと思い、会社を創りました。
主なソリューションは「Climate Vision」という世界中の気候変動による洪水の影響を見られるSaaSのソフトウェアとコンサルティングです。気候関連の災害が非常に増えていて、洪水、猛暑、台風、海面上昇、その他にも、災害は色々な顔をして社会に影響を与えます。その影響で物流が混乱したり、人の命がなくなったりということが世界中で起きていて、特に経済被害が増加傾向にあります。
また、企業にとって大きな資産の毀損や売り上げの減少にも気候変動の影響が非常に大きくなっているので、情報開示をして気候変動に対応できる会社にしていこうという流れが金融業界にあります。これらのビジネスニーズが、「Climate Vision」提供の背景です。
弊社顧問でもある東京大学生産技術研究所の山崎大准教授が開発した非常に高い精度の洪水シミュレーションを活用していて、日本で30m、海外で90mの解像度で、ハザードマップの作成や洪水の予測ができます。
こちらが「CaMa-Flood」という、元になっている技術です。
世界中の洪水リスクを予測するモデルとして10年以上前から多くの研究機関で使われています。日本国内のハザードマップと比べても他の無料データよりも整合性がよく、弊社の独自の強みとなっています。
「Climate Vision」の機能は、地点を登録して分析すれば、数十秒で結果を取得でき、専門家でない方にも分かりやすいインターウェースになっています。気候シナリオ分析・財務影響評価が、上場企業の情報開示にとっては重要なので、その機能を開発中で2月頃にリリース予定です。
「Climate Vision」はまだβ版ですが、すでに上場企業4社が使っていて、解像度の高さやソリューションの作り込みの部分は好評をいただいています。また、金融機関をはじめとする投資家とのコミュニケーションでの情報開示にも有効という声をいただいています。
今後、本番リリースの際にはより多くの方に使っていただきお客様に新しい価値を届けていきたいです。
サプライチェーンの「見える化」でリスク予防するResilire
津田(Resilire):
2018年に、気候変動リスクの予防のサービスを作ろうと起業しました。
背景として、社会的な意味・意義があり人がやりたがらない難しい課題を解きたいと思っていたところ、たまたま2018年の西日本豪雨で被災しまして、災害に対する予防の需要があると考えました。
近年コロナや紛争が起きて原料や部品の調達が滞り製品が供給できないという事態が多発し、災害の予防の中でも「サプライチェーンのリスク管理」が大企業の寸断を止めることにつながり、かつ予算も付く大きなビジネスになるだろうと思い、注力して取り組んでいます。
昨年の5月にSaaSとしてリリースして、今は化学系や製薬、自動車部品の商社やメーカーに導入いただいています。
サプライチェーンのリスクとして、コロナや紛争によるリスクがTier2、3という、メーカーからすると直接取引していない上流の部分でインパクトを受けるという問題が起きています。
こういった問題に対して私たちがやっていることは、サプライチェーン全体の見える化と、リスク検知の2つです。
サプライヤーのデータをツリー上で可視化してデータベースを作り、自社だけでなくサプライヤーさんにもIDを発行して、外部のサプライヤーさんもクラウドに入って、産業全体でデータを更新していきながらリスクを予防していくプラットフォームです。
国内やグローバルで、サプライチェーンの寸断になるリスク因子を取得・検知し対応を促します。
様々な業界のトップに近い企業様と導入の相談を進めているところです。
サプライチェーンの線のつながりは、過去にはトヨタなど自動車のトップメーカー以外可視化できなかった歴史がありました。これを「リスク予防」という大義名分で可視化していくと、サプライヤーのデータがどんどん見えてきます。そこからサプライチェーンの平常の業務まで全てデジタル化して、最終的にはサプライチェーン全体がデータドリブンに最適化される。これによって中小企業含めて企業活動が持続的になる、そのインフラになるようなプラットフォームにしたい、というのが目指しているところです。
衛星データ解析のLTSデータ分析チーム
坂内:
LTSはコンサルティングの会社ですが、自分はデータ分析チームに所属しており、以前からAIやデータサイエンスのプロジェクトをやってきました。
その中で、人工衛星データをAI・データサイエンスを用いて解析することに大きな魅力を感じて、手を出し始めました。
まだマーケットができていない衛星市場ですが、5年ほど前から衛星データを使ったアイデアを考えています。単独で衛星データを扱うのは難しいので、技術アドバイザーとして東京大学と韓国の大学を兼務している金先生に顧問として入ってもらい、データ概要や解析技術を教えていただきながら少しずつ知見をためてきました。
これまでに鉄道会社や自動車から、自社の内部データと環境情報を取得できるリモートセンシングの衛星データを組みわせる事で、新しいビックデータの取り組みができるのではないか、など興味を持っていただいて、PoCをやっている状況です。
「この組み合わせがベストフィット」の3社が集合
北:
共同提案を言い出したのは僕ですね。
毛利衛さんも参加していて、懸賞金という仕組みもNEDOとしては大盤振る舞いの事業募集だったので、これは乗ってみたら面白そうだなと思い坂内さんと津田さんに相談しました。
坂内さんは同じ研究室でしたし、津田さんも前から知り合いだったので、衛星データ・サプライチェーン・洪水、それぞれできる3人がいるからくっつけよう、という感じでしたね。
坂内:
もともと物理モデルと機械学習、衛星データを組み合わせるのは研究としても興味があり、実務にも使えそうで面白そうだなと思っていました。
最初にお声がけ頂いて北さんと話しているうちに「浸水エリアを見るだけだと、サプライチェーンへの影響は分からないし、社会・実務への影響を考えると、ラストワンマイルのところがまだ足りない」となりました。そこで、北さんが津田さんをご存じで、今解きたい課題をベストに解いてくれる組み合わせで、これはいいソリューションになる、と非常にわくわくして開始しました。
津田:
以前から北さんとは、水害の予測や分析をリアルタイムで連携した形のソリューションを作れるんじゃないか、と軽くディスカッションしていました。こういった機会があると、趣旨とも合っていて上手く進められるかなと思い、ご一緒しようとなりました。
北:
コンペティションの名前が「NEDO Supply Chain Data Challenge」で、「衛星データを使う」決まりがあり、事例として「2019年の東日本台風による洪水」など厳密に指定されていました。このコンペティションには「この3社の組み合わせこそベストフィット」と思った次第です。
提案した「洪水ハザードマップと人工衛星データ・AI技術を用いたサプライチェーンの影響可視化サービス FASPAI」とは?
津田:
洪水のハザードマップや人工衛星データを用いて、サプライチェーンにおいて洪水がどう影響するのかを可視化するサービスです。
広範囲、多岐にわたる複雑なサプライチェーンをお持ちの企業さんでは、水害によるリスクがかなり高頻度になっていて、毎月のようにグローバルのどこかの工場が被害を受けています。
水害が起きると、生産が止まり、その後に連絡が来るという後手後手の対応になっています。そもそも水害になるリスクがどこに、どれくらいあるのか?ということが検知できません。どこかの国で大雨が降っているときに、それが何時間後、どう自社に影響が出始めるのか?がリアルタイムに想定できない。それによるサプライチェーンへの被害の予防ができず、復旧など事前に対応を考えられないことが大きな課題でした。
障壁として、ひとつはリアルタイムの情報取得が難しいということがあります。国内の水害では気象庁の情報から高頻度でデータが取れますが、グローバルで見ようとすると人工衛星データを活用することになり、データの更新頻度が少ないのです。数日に1回の更新だと、その数日の間に大雨が来て次の更新前に雨が去ってしまうこともあり、意味のあるデータがとれない、という問題が起きます。
もう一つは、そもそもサプライチェーンの上流のデータが見えていないので、水害が分かっても自社への影響があるのかが分からない、という課題です。
これらの課題を解決するソリューションを作りました。
坂内:
今回開発したソリューションのイメージです。
洪水の物理シミュレーションと、人工衛星データをAIを用いて組み合わせて、浸水エリアを予測します。その予測結果に応じてサプライチェーンの影響評価まで一貫して提供するのが、サービスの全体像です。
中身としては、AIの事前学習のフェーズと実運用のフェーズに分けています。
事前学習は河川や標高データを用いて、洪水の物理シミュレーションを行います。シミュレーションは、物理モデルの世界の結果であり、実態の観測と必ずしも合わないという課題があります。そこで、物理モデルのデータと人工衛星による観測データを二重でAIに学習させることで、精度を向上させるというテクニックを事前学習の段階で使っています。
運用時には、学習済みモデルに降水データを入力すれば、どのエリアが沈むのかを出力できます。リアルタイムの観測データを入れてどこが沈んでいるのかを観測してもいいですし、
降水データに将来の降水予報データを入力することで、将来このくらいの雨がここに降るならこれくらい沈む可能性がある、という未来の情報まで推定できます。
どこが沈むのか?沈みそうなのか?といった情報をResilireのソリューションに入れることで、サプライチェーンの上流下流への影響評価ができるようになります。沈むことが分かった時点で、Resilireのソリューションで直接サプライヤーに災害対策の連絡ができるので、事後対応になることを防げます。
ソリューションとしての革新性を3つ挙げると、ひとつは水文学の領域で蓄積されてきた高い精度のデータや解析技術を用いる事で、表現力の高い洪水予測を実現していることです。2点目は、衛星データと物理法則を組み合わせた、新しいタイプの深層学習スキームです。どちらかだけを利用する学習のさせ方はこれまでもあったのですが、物理モデルと機械学習モデルを組み合わせて欠点を補完しながらやっていくアプローチは、研究的にも新しい取り組みで価値があると思います。
3点目はサプライチェーン管理ツールとのシームレスな連携です。Resilireのソリューションとの連携で、浸水エリアの予測にとどまらず、具体的な現場の課題解決を含むアクションまでカバーしていることに革新性があると思っています。
北:
基本的にはSaaSでのライセンス料金、ResilireのソリューションとはAPI連携をしてその利用料に応じた課金をしていくのが現在の想定です。IT系の企業やパートナーを通じて、浸水の予測情報やインターフェースを提供して、パートナー戦略でも事業を伸ばしていくことも検討しています。
高精度なデータを研究機関からライセンスしていることもありますので、研究機関にも利益供与することで研究機関と衛星データの提供者にもメリットがある、というビジネスモデルを作ることで宇宙ビジネスの発展に貢献できると思っています。
洪水データ、AI、サプライチェーンのデータ、そしてサービス提供システムにはそれぞれ難易度が高い技術と知見が必要ですが、今回の共同提案がきっかけで世界初の新しいサービスの基盤を開発することができました。今後は、これをどうお客様に取り込んでもらうかに取り組んでいく予定です。
テーマに対してど真ん中の提案、2位受賞を振り返って
北:
良い評価を得らえているのは、メンタリングの時点で感じていて、他のチームに比べて進捗が良いということもメンターから伺っていたので、後はプレゼンが鍵だと思っていました。
質疑応答では、グローバルサプライチェーンのデータや、浸水の精度、浸水予測の速さなど、私たちのソリューションが得意としていたポイントへの質問に適切に回答できたので、審査員からも評価を得られたのでは、と発表時点では思っていました。
坂内:
今回のコンペのテーマ「洪水・サプライチェーンに対しての衛星を用いたソリューション」に対して、ど真ん中に回答できているソリューションは私たちが提案したもので、なおかつそれはこの3社が揃わないとできない!と思っていたので、そういう意味では1位が欲しかったですね(笑)。
何より、取り組み内容が非常に面白かったです。今回の取り組みがきっかけで出会えた津田さん、北さんの会社の出本さんと、FASPAI以外の事業でも今後ご一緒できそうな関係性を築けたのが、財産になったと思います。
津田:
顧客の解像度もしっかり持った形でテーマに沿った内容をプレゼンできた、テクノロジーも坂内さん・北さんが質疑で回答したので、かなり完璧に近い良い内容だったんじゃないかなと思っています。あとは坂内さんと同じで、2位は悔しかったです(笑)。
北:
サプライチェーン、洪水、衛星データ、はそれぞれ難しい技術領域なので、3社集まらないと社会が求めるソリューションが作れなかったと思います。今回のNEDOのコンペティションでは通常の助成金とは違い自由な取り組みをすることができ、毛利衛さんなど素晴らしい方々を呼んで選考会を開いてくれたので、これを機に新しい価値を作ろうというモチベーションが生まれました。2位という少し残念な結果に終わってしまいましたけど、ずっとやりたかったResilireさんとの協業、LTSさんとの協業を進められて良かったです。
実際のお客様を見据えて、事業化に向けた今後
北:
実際のお客様の被害を減らすところまで、ソリューションのユースケースを作りたいです。
洪水が実際に発生した時に、現場として何がどう困っているのか?私たちのソリューションが実際にお客様の課題を無くすのにどう機能できるのか?を、現場感を知った上で作りこまないといけないと思っています。現場の方のヒアリングを通して、実際にソリューションの作り込みと深掘りをやっていきたいです。
津田:
ソリューションとして実現はできそうという感覚があり、国内ではまだ分かりませんが、グローバルでは確実に予算がつくだろうと思っています。色々な企業の新規事業の失敗を見ていると、予算を入れる前にソリューション作ってしまって合わなくて頓挫しているケースがあり、もったいないなと思っていました。
ですので、グローバルで予算がどれくらい握れるのか?をしっかり見て、PoC先企業をいくつか選定しながら、PoC後に有料導入にもっていく事例をいくつか作っていくと、その事例をレバレッジしてやっていけると思うので、ビジネス観点だとそういった道筋を僕の方で作っていけたらいいなと思っています。
坂内:
事業化という観点だと、お二人が言われている通りで、もう一つ、研究開発の観点で言うと、今回のスキームと、アカデミアの技術や研究で連携できる気がしています。連携してより高度化なものにしていく活動も進めたいです。
まとめ
北:
今回、完全に私の思い付きだったんですが、5月くらいに見つけてお2人に声をかけて、12月まで半年以上ありましたが、本当にありがとうございました。
それぞれビジネス・研究が大変な中で、コミットできない時もありましたけど、良い事業とプレゼンができて最終的に2位と、好評価が得られて良かったです。
あとは、ここから実際の社会の価値を作り出すことが必要なので、これからもよろしくお願いします。
津田:
今まで課題は分かっていたものの、誰も実現ができなかった部分と認識していて、今後も取り組む意義はあると感じています。
今回は、NEDOの衛星データを活用したResilireの事業検証も含めて進めていましたが、その意味ではデータを指定の環境に載せられないなど難しいところもありました。
ただ、北さん、坂内さんとの2社の連携はNEDOと関係なくポテンシャルを感じる部分があったので、そこを今後も実現していければいいなと思っています。
坂内:
今回、3社の取り組みを今後しっかり進めていくことに加えて、各社ごと個別のテーマもやって行きたいです。LTSの色々なお客様とのビジネスの中で、2社の技術が刺さりそうな機会がたくさんあると思っています。
Gaia Visionさんであれば、自治体の災害・洪水対応の課題に対して、LTSは十分な技術を持っていないので、LTSが間に入りつつ、北さんの技術を最大限に生かしていく、TCFD対応は大手のお客様を支援しているとよく話が出てくるので、これも一緒にできそうだなと思っています。
サプライチェーンの方も、需要予測のソリューションを作っているパートナーと一緒に、サプライチェーンの最適化、購買調達の最適化などのテーマがあるので、津田さんと色々できそうな気がしています。
今回のテーマをスタートポイントに隣接する案件を一緒にやっていけるとさらに面白くなるんじゃないかなと思っています。
ライター
SE・テクニカルライターを経て、LTS入社。ERP導入や業務改革におけるユーザー向け広報・教育企画および業務文書改善など組織コミュニケーションに関連するコンサルティングに従事。2017年よりLTSコンサルティング事業のマーケティングを担当。2021年より本サイト「CLOVER Light」の立ち上げ~運営・編集長を務める。(2024年1月時点)