個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ(中編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑩のサムネイル
プロセス変革・業務改革

個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ(中編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑩

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2019年4月から連載を開始した記事を移設したものです。

当コラムの最新の内容は、書籍『Business Agility これからの企業に求められる「変化に適応する力」(プレジデント社、2021年1月19日)』でご紹介しております。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTSの山本政樹です。前回の前編では、階層型組織の限界と、ネットワーク型組織に移行する社会の流れを話してきました。このような説明だとまるで階層型組織ではビジネスアジリティは実現できないようにも聞こえます。確かに高いアジリティを目指す組織はどこも、階層を減らしたよりフラットな組織を志向することは間違いのない流れです。
しかし、それでもこの世界の大半の企業は(程度の差こそあれ)階層型組織を採用しており、実はネットワーク型組織を志向する企業の中でも、さまざまな理由から一部に階層型の組織構造を残している企業は少なくありません。この理由を見ていきたいと思います。

階層型組織ではアジリティは実現できないのか

緊急時には強いリーダーシップが必要なこともある

本来、階層型組織の階層の意図は、情報を上位者に集約した上で、意思決定結果を効率的に組織全体に伝えることです。ネットワーク型組織では各持ち場を受け持っている個々の担当者が受け持ち範囲の情報処理と意思決定を担っており、これにより柔軟な組織運営を行っています。ところが、組織には広い情報を集約して、即座に組織全体の方向転換を行わなくてはならない局面があります。例えばリーマンショックのような急激な市場の冷え込み、3.11のような大規模災害、いま社会を不安に陥らせている新型コロナウイルスのような未知の感染症の急速な流行、さらには経営危機のような現行ビジネス全体にメスを入れなくてはならないような事態がこれにあたります。実は自律した個人の対話を重視するネットワーク型の組織は、このような影響範囲が広く、重大な意思決定を迅速に行うことは必ずしも得意としません。

ネットワーク型の組織では構成員のコミュニケーションを極めて重視します。しかし、小さな組織であれば関係者全員のコミュニケーションで方針を決めることも可能かもしれませんが、一定以上の規模になると緊急時に全ての関係者が集まって討議をしている時間はないかもしれません。そもそも、普段は自らの専門性を活かして自律的に行動できている担当者も、このような自らの専門性が及ばない事態に対しては必ずしも判断の基準を持っていないこともあります。このような場合は、強いリーダーシップに組織全体が従わないと手遅れになってしまうかもしれません。ですから、ネットワーク組織でも、各持ち場で通常のオペレーションを担当する社員よりも広い目線で、このような市場・社会の環境や組織ネットワーク全体の状況をチェックし、何らかの提言を行う社員は必要になります※1。そしてこのような提言の結果、本当に緊急時であると判断した場合には、一時的に普段の自律性に任せた意思決定スタイルを停止する運用をしている組織もあります。

※1
ただしネットワーク型組織におけるこのような影響範囲の大きいメンバーの存在は、それが組織における上下関係に転換されたり、緊急時に一時的に認められた影響力が必要を超えて行使されたりしないように、細心の注意を払った運営がされます。なお、この「市場・社会の環境や組織といったビジネス全体の状況をチェックし、組織に対して何らかの対応を提言する社員」は通常はCEOや、創業者が担っているケースが多いようです。

このような緊急時の状況判断と意思決定の“最後の砦”としての強いリーダーシップ(=組織階層の最上位レイヤー)の存在はおろそかにはできません。もともと階層型組織における“階層”は、管轄する情報の範囲(広さ)を表したものです。上位層はさまざまな情報を元に大局的な判断を、現場は個別に違う状況に応じた細やかな判断を行うための役割分担として階層が存在しています。現実には既に説明したように、上位層が不必要に現場の判断を制限してしまったり、組織階層が人の“上下”や“チームの垣根”のような不必要な障壁をもってしまったりという弊害が生じてしまうので、このようなことが起きないよう注意が必要です。ただそのような弊害を除去できれば、組織全体に目配りをし、いざという時の拠り所となる組織リーダーの存在は捨てたものではないのです。

強いリーダーシップは諸刃の剣

このような緊急時の最後の砦としてのリーダーの存在は心強いものではありますが、その発揮は本当に“緊急事態”や“重大事項”と言える場合のみであることは、しっかり心に留めておく必要があります。この時、「そもそも変化の速い時代においては、常日頃から優秀な人の強いリーダーシップで運営した方が効果的なのではないか」と思う人がいるかもしれません。確かに卓越した能力を持つ特定の人のリーダーシップに頼れば、むしろスピーディーに組織運営を行うことが可能に思えます。そういう考え方からすれば、強いリーダーシップの発揮は緊急時のみと言われることは奇異に感じるかもしれません。

しかし、特定の人のリーダーシップに頼りきりになることは組織にとって諸刃の剣です。そのリーダーシップが正常に作用している間は、確かに組織はその指示の下、スピーディーな組織運営ができるかもしれません。例えば、市場では驚くほど急速なスピードで成長する企業があります。その中には、社員の自律性を重視せず「何も考えずに経営者の指示に従え」という“軍隊的”とも言える組織形態をとっている企業も少なくありません。このような企業は経営者の意図が市場の状況と適合していて、その指示が的確である限りにおいて、急成長を遂げることができます。

しかし、この経営者の意図と市場の状況との間に“ズレ”が生じると修正が効きません。従業員の自律性は奪われてしまっているので、従業員が自発的にそのズレに対応することは不可能です。経営者が指示を転換させるしかないのですが、成功体験にとらわれた経営者が自ら方針を転換することは容易ではありません。また、急成長の結果として肥大化した組織では情報の流通が滞り、経営者の意思決定のスピードと精度にも問題が生じていきます。そしてあるタイミングを境に、急速な規模成長と同じ速度で事業の縮小が始まるわけです。市場にはたまに急激に成長したと思ったら、すぐに経営危機に陥る企業があるのはこのようなケースです。

このコラムの第1回で、“アジリティとスピーディーは違う”という話をしました。ビジネスアジリティとは、必ずしも組織の急成長に寄与するものではなく、それに比べるとお互いの合意に時間をかけつつも、しなやかで持続可能な成長を目指していることは確実に理解しておく必要があります。特定の強いリーダーシップに頼った組織運営は経営のスピードは速いかもしれませんが、全ての判断で高い精度を誇る卓越したリーダーは存在自体が稀な上、その人の判断能力が未来永劫続くのかも不安です(さらに言えば、その人がいつまで組織にいるのかも分かりません)。全てをリーダーに頼った脆い構造を、 “アジリティ”とは呼びません。ですから、従業員全員が“リーダー”として自律性を発揮し、コミュニケーションを通してお互いに学び合うことで、組織全体の能力を高める組織の方が、高いアジリティを宿した組織だと言えるのです。

チームは“人を育てる家”

少し脱線しましたが、話を階層型組織の強みに戻しましょう。ここまで説明した「瞬時の組織全体の方向転換」という観点と並んで、階層型組織の良さは人の育成に適していることです。個人の自律性は瞬時に身につくものではありません。ティール組織やホラクラシーの話を聞いてネットワーク型組織に興味を持った経営者が、このような組織形態にすぐに移行させてしまい失敗するケースは少なくありません。それまで経営者や管理職の指示で動いていた従業員に「自発的に動いてよい」と言っても、従業員は何をすればいいか悩んで右往左往してしまいます。また、指示することが仕事であった管理職も、自分の存在意義を見失ってしまい混乱してしまいます。結局、皆が自律的に動けるそのような姿勢と能力を身に着けるための仕組みや、それを身に着けるまでの一定の時間が必要なわけで、これを考慮していないために失敗してしまうのです。

仮に組織が一定の移行過程を経て、従業員が“自律した個”に変化することができたとしても、組織には新卒や中途採用でさまざまな人が流入します。中途採用で十分な専門性を持った人であってもネットワーク型組織の動き方に慣れた人材ばかりではないですし(というよりそのような人材は稀有というべきでしょう)、新しい組織で自律的に活動するためにはその組織内の人脈(ネットワーク)を構築するなど一定の準備期間がかかります。さらに言えば、人は常にベストコンディションでいられるわけでもありません。体調を崩したり、家庭に何か事情を抱えたりといったことも当然あります。こうなると普段は自立して活動できている個人が、一時的にその自律性を失うこともあるわけです。

ですから、このような“自律未満の個”や“自律性が一時的に消失した個”に対しては、誰かが指示や指導(時に保護)を行う階層的な関係の方が効果的な局面があります。階層型組織における各チームはこのような人々の受け皿として機能するわけです。

階層型とネットワーク型、双方の長所を生かすことは可能か

構成員の全てが自律して動ける“スーパーな”組織であれば、ネットワーク型組織は十分に機能するかもしれませんが、現実には簡単ではありません。仮に大組織がネットワーク型組織に移行するとしても、その移行過程は段階的なものにならざるを得ず、長い時間がかかります。また、社会により多くの価値を提供しようとすると、企業がその規模を大きくしていく(=成長していく)ことは必然ですから、常に新たな仲間を迎えていく必要があります。結果的に、企業には常に“自律未満”の人々が流入してきますし、そもそも企業にはこのような人々を自律に向けて支援するミッションも負っています。そう考えると組織内に一定の階層をもって、人を育てていく仕組みはほとんどの組織で必要になります。

実はネットワーク型組織の提唱者も、組織内に“非公式な”階層関係が生じることは認めています。多くの人から高い信頼を集める人は必然的に社内での存在感を増しリーダーとして認知されるため、リーダーと他のメンバーとの間にはある種の階層が生じます。この他にも他の社員の指導を担う役割などは、必然的に始動される側との間に一定の階層関係が生じます。ただネットワーク型組織の提唱者たちが重視するのは、これが公の組織図やルールによって規定されるものではなく、あくまでも本人の姿勢と能力、そして周囲からの信頼によって自然に形作られるものだという点です。

こうなってくると階層型組織かネットワーク型組織かという論点はアジリティを語る上で表層的なものでしかありません。大切なのは組織に所属する個人の姿勢と能力です。組織全体のビジョンに合意した上で、広い視野でサイロを超えて連携する意識と能力を持った “自律した個”の獲得こそが、アジリティの根幹にあるものなのです。ビジネスアジリティのコミュニティでは、この“自律した個”を生み出す土壌として、ネットワーク型組織が注目されることが多いのは事実ですが、階層型組織ではこのような人を生み出すことができないのかと言われればそこは議論があります。実際、アジリティの研究家の中にも個人の自律と階層型の組織形態は必ずしも矛盾しないとして、階層型のメリットを生かしつつ、サイロを超えて連携する意識の大切さを説く専門家もいます※2

※2
例えば大規模システム開発向けのアジャイル開発方法論であるSAFe(Scaled Agile Framework)は、階層型組織のメリットを重視した方法論となっています。ネットワーク型組織の考え方が主流のアジャイル開発のコミュニティにあってはこの方法論に批判も多いのですが、SAFeを支持する人たちはビジョン自体を全員で共有しつつも、影響範囲の広い意思決定を上位階層が行い、現場に即した意思決定を下位階層が行うことは、個人の自律の原則とは矛盾するものではないと主張しています。

私自身も組織が完全にフラットではなくても、構成員の意識次第でアジリティの高い組織形態は可能だと考えます。少なくとも階層型が主流の現在の企業形態から、一足飛びにネットワーク型組織を目指すよりも、まずは現状の階層型の組織を大きく崩さずに、 “自律した個”が連携する組織を目指す方が現実的ではあると考えます。では、この二つの組織形態をミックスした組織とはどのようなものなのでしょうか。

既に説明したように、階層型組織の最大の問題は、組織をより細かい小組織(=チーム)に分断してしまい「サイロ」を生み出すことです。この時のチームはイメージとしては以下のような状態にあります。

【通常の階層型組織の例】

大切なのはチームがサイロを超えてしっかり連携できることです。この時に鍵となる役割はチームのリーダー層で、通常の会社組織であれば部課長のような管理職や、業務に熟達したベテランたちがこれにあたります。このようなチームリーダーほど、その人脈と知見は外に広がり、周囲と連携する意識を持つ必要があります。チームに入って間もない人や、経験の少ない人ほどネットワークが育っておらず、必然的に連携範囲が狭くなります。ですから、リーダー層が他の部門の担当者や社内外への専門家への案内役となり、チームのメンバーの視野、能力、人脈を広げていくわけです。この時の組織のイメージは以下のようになります。

【階層型とネットワーク型のハイブリッド組織の例】

このような組織では各チーム内での人の関係性は階層型の部分はありますが、各チームのリーダーたちの関係性は、上位層ほどネットワーク型組織に近いものになります。私たちLTSが目指している組織も、このような階層型とネットワーク型のメリットを組み合わせたハイブリット構造の組織です。

経営者は組織図上、これらのチームリーダーたちをまとめる立場となるわけですが、事業(業務)の主体はあくまでも各チームです。このコラムの第3回(ビジネスアジリティにおける戦略)で、これからの事業創造は事業リーダーを中心にさまざまな専門性が集うクロスファンクショナルチームを中心に行われると説明しました。この際、経営者の役割は事業リーダーを支援することだと説明しましたが、このような組織形態における経営者は強権的なリーダーというよりも、サーバントリーダー(各チームの後ろ盾として振る舞う支援型のリーダー)となります。また、各事業の支援と同様に大切な経営者の仕事は事業の開始・撤退の判断を行うことだとも説明しましたが、この役割は先ほど説明した“意思決定の最後の砦”の姿と重なります。

以上までが「ビジネスアジリティにおける“組織” ~個人の自律性を重視したネットワーク型組織へ~」の中編となります。長々とコラムを書き連ねてきてようやくビジネスアジリティの根幹である“自律した個”にたどり着きました。多くの場合は企業に入ってくる社員は“自律未満”の状態からはじまります。このような社員が社内外に大きなネットワークを張り巡らし、“自律した個”を生み出すためには様々な仕掛けが必要になります。では、それはどのようなものかを後編で見ていきましょう。