このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2018年12月に掲載されたものを移設したものです。
LTSでは、これまで数年に渡って海外スタートアップ/テクノロジー企業を視察・ディスカッションを実施してきました。今回のセミナーでは、これまでのグローバルのテクノロジー企業とのディスカッションやプロジェクト経験を基に、日本企業へのAI/テクノロジー導入を取り巻く課題・今後の可能性について紹介しました。
前編では、海外企業の視察・ディスカッションから感じたトレンドと海外のスタートアップと協業する際に注意したいポイントをご紹介しました。今回の後編ではテクノロジーを上手く活用していくために必要な人材と人材の育成、組織に求められる変化について紹介していきます。
AI活用がソリデータから意思決定できるようになるには(AIに必要なデータ分析・活用)
経営レベル・現場レベルの改善活動の意思決定、製品サービス改善に向けた意思決定など、企業活動は様々な意思決定に支えられています。そしてここ数年の間に、事業活動を通じて蓄積されるデータが、経営方針から様々な事業活動のオペレーションに至るまでの意思決定に活用されるようになっています。データを元に学習し結果を提示する「AI」の活用も、その中の一つと言えます。そこでまずは、企業の意思決定を支えるデータの分析・活用に関する考え方を整理していきます。
1. 『ビッグデータを収集してAIに入れれば、改善のインサイトが出る』という誤解
機械学習/深層学習を用いる「AI」を活用するには一定量のデータが必要、ということはだいぶ広く認知されてきました。その結果「大量のデータさえ用意すればAIによって改善のインサイトが出てくる」という思い込みが増えたように感じます。この誤解はAIが登場する前からデータサイエンス・統計学の分野では存在するもので、“Garbage In Garbage Out“という言葉が示すように、現実としては「どんなにすごいアルゴリズムでも入れるデータがゴミであれば出てくる結果もゴミ(役に立たない)」と言われています。
実際のデータ分析プロジェクトでも「データは集まっているから、すぐに何か結果が出るだろう」という安易な考えで開始されるケースが散見されます。しかし、実際のプロジェクト工程では、データの可視化・特徴量の把握・不要なデータの除去で全体の8割ほどの時間を割きます。地道にデータクレンジングをして分析データを作成し、少しずつモデルを調整することで、やっと意味のある結果になってきます。
データクレンジングや分析データの作成には、データサイエンティストの存在が欠かせません。さらに、事業活動によって蓄積されたデータを正しく理解するためには、事業のプロセス・構造や背景にあるIT基盤を説明できる人材も不可欠です。最近のAIはプロセスがブラックボックス化する(なぜその結果になったのか説明できない)ケースもあるため、投入するデータやモデルを理解し説明できる体制を作ることは、より一層必要性が高まっています。
2. 『データドリブンの先端企業は何か特別な手法を持っている』という誤解
米国系の先進企業は、データドリブンな意思決定・改善をするための何か特別な手法を持っているのだろう、と思っている人は多いと思います。事実、彼らはデータを基に素早く意思決定をしていますが、それを実行する手法は基本的なPDCAサイクルだそうです。特徴的なのはPDCAを回す速度で、高速な意思決定・改善サイクルを実現するためにデータの可視化・分析に様々なツールを利用しています。
- KPIの設定:データを基に人が考える
- データの可視化:metabaseやre:dashといったオープンソースでも非常に使い勝手の良いツールが存在している
- データ分析:オープンソースで非常に高度なアルゴリズムが簡単に使える
- A/Bテスト:少ないサンプルでの仮説検証や解釈がしやすい方法論も存在している
日本企業でも、このような手法を取り入れればサービス改善速度を上げることは可能だと思いますが、データを基に意思決定できる体制があることが前提です。
3. 分析はアクションに向けた単なる最初のステップ
データを分析しても、次のアクションを起こせないという状況をよく見かけますが、データ分析の目的はあくまで意思決定をすることです。必要なのは意思決定に必要なデータを揃えることで、分析結果が大量にあることが良い訳ではありません。ビジネスの意思決定(施策立案・実行)が目的であることを踏まえて、検討に最低限必要な量のデータの収集・分析を進めることが重要です。
データ分析・活用は“料理”のプロセスと同じ
では、現時点でデータの活用が十分でない企業の場合、具体的にどのようにデータを分析・活用し、意思決定につなげていけばよいのでしょうか。
よりイメージしやすいように、ここではデータ分析・活用を『料理』に例えて考えてみます。実際に料理を作る時にまず何を考えるでしょうか。メインの食材、冷蔵庫の中にあるもの、調理器具、そして自分の料理のレパートリーなど、様々な要素を横断的に考え、いま作れる最適な料理は何か?を考えると思います。
それを踏まえて、よく見受けられる偏った考え方のプロジェクト例として以下のようなものがあります。
- 何を作るのか全く決まっていないにも関わらず、データ収集(大量の食材集め)とデータ基盤(立派な冷蔵庫)を整えているプロジェクト
- データ(食材)がないにも関わらずデータ基盤(冷蔵庫)や分析ツール(料理器具)を選定しているプロジェクト
- 自分達の事業に必要なデータ分析にはどういった専門性が必要なのか(作りたい料理は和食なのか中華か、イタリアンか)の検討が不足している状態で、優秀なデータサイエンティスト(料理人)を集めようとしているプロジェクト
ユーザサイドだけでデータ活用を始めようとすると、目的を考える前にツール導入を進めてしまうなど、偏った投資に陥りがちです。前述した「料理を作る時」と同じで、データ分析を始める際も、まずは全体を俯瞰し全ての要素が“ある程度”そろっている状態からのスタートを目指すと良いと思います。
ここでいう全ての要素とは、分析に必要となる“データ”とデータを扱うことのできる“データサイエンティスト”、さらにデータ分析結果から実行施策を立案するために必要となる“現状のIT基盤や事業構造の情報”、そしてそれらを踏まえて最終的な判断をするユーザサイドの意思決定者(ユーザサイドに何が必要かを考えられる人)です。データサイエンティストが社内に存在しない場合は、外部のベンダー等の力を借りてもよいでしょう。
必要な要素を揃えたら、全体を俯瞰して何が必要かを検討します。これがデータ分析・活用に向けた全体設計のフェーズです。その後、必要な活動を個別のプロジェクトとして切り出すことで、やるべきことが明確になります。
RPAを活用できる人材を育てるには
RPA導入の課題は開発人員/スキル不足?
あるアンケート調査結果※によると、RPA導入においてユーザ企業が直面している課題として「開発者不足・開発スキル不足」がトップとなっており、人材不足に関する課題が顕著になっています。しかし本当にそうでしょうか。LTSが考えるRPA導入は、業務改革活動における特定の課題を解決するための一手段であり、実際にRPAツールを使ってロボット(シナリオ)を開発する時間は、業務改革活動の全体でかかる時間の1割程度にすぎません。
RPA導入プロジェクトの要は施策の振り分け
RPA導入プロジェクトにおいて最も時間を費やすのは、課題を詳細に検討して根本課題に落とし適切な施策に振り分けることです。施策の振り分けにあたっては、他のソリューションとの優位性を鑑みて最適な判断が必要となり、加えて、RPA導入の多くの場合は、他の施策も同時に実行しながら課題の解決を目指すため、同時進行の施策の進捗状況をみながらRPAプロジェクトの計画を立てる必要があります。
不足しているのは施策の振り分けができる人材
上記を踏まえると、ユーザが課題と感じている「開発者不足・開発スキル不足」は、単にロボット(シナリオ)を開発する人材が足りていないのではなく、「①企業の業務・IT構造を理解し、②業務アセスメントを通して施策を適切に振り分け、③各施策の責任者とコミュニケーションを取りながら、④拡張性・保守性の高いシナリオを開発し、⑤要件の変化に応じてシナリオを柔軟に改修する」人材が不足しているのではないでしょうか。
施策の振り分けができる人材を育てるために
このような人材を企業で育成するためには、明確なキャリアパスが必要です。RPAを一人で開発できるようになったら、個別のロボット(シナリオ)開発をマネジメントできるような役割があり、それができるようになったら複数のロボット(シナリオ)開発を管理しながら、より大規模での導入を進められるような役割に抜擢してあげるなどの工夫が必要です。
また、開発者に対して削減工数をコミットさせたり、個別のプロジェクトしか見ていない管理者に全体的なセキュリティポリシーの策定を任せたりと、権限と責任がマッチしていないアサインが見受けられますが、多くの場合は失敗に陥ります。各役割に応じて評価ポイントも異なるため、それぞれの役割・権限に応じた指標をもって適切に人材の成果を評価する必要があります。
以上を整理すると、ユーザが直面している人材不足という課題に対して、企業は求められるスキルを説明できて、魅力的な役割と挑戦の場を用意できている、そして役割に応じた適切な評価ができていることがポイントとなってきます。
まとめ:テクノロジー活用に必要な人材と組織の在り方
データ分析・活用に向けた体制作り、RPA活用に向けたキャリア設計などを例に、テクノロジーを活用できる企業に必要な要素について考えてみました。
テクノロジー活用と言われると、最新のツールや特別なスキル、特に先進的な事例などに目が行きがちです。その結果、下記の「Nice to Have」まで兼ね備えた人材が必要と感じるかもしれませんが、そもそもの前提として「Must Have」の人材がいなければ取り組みは開始できません。技術的なスキルを身に付けさせる前に、まずは自社の業務とIT基盤を理解し、自社を踏まえたテクノロジーリサーチができるような人材を育成することが大切です。
一方で外部からIT人材(上図のNice to Haveのスキルが主体の人材)を採用する場合は、自社の業務・IT基盤の理解や自社ビジネスの特性を加味した判断などがハードルとなるため、自社に貢献できるように不足している部分を中心に教育し、スキルを活かせる環境を作っていく必要があります。そうすることで、採用した技術力のある人材を自社内にリテンションさせ「Nice to Have」まで兼ね備えた人材を自社内で補完することができるようになります。
必要な人材やテクノロジーを外部との協業によって得る場合も、自社が外部ベンダーにとって魅力的な協業先であることが、より良いパートナーを得るための第一歩になります。
ツール選定やソリューション評価、事例探しをする前に、一度自社の状態を確認し、今後必要となる人材を内部で育てられているか?必要な人材が活躍できる組織作りができているか?を検討するところから始めてみるのも一つの方法ではないでしょうか。
ライター
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