今回は、実際に変革活動を推進するにあたって、社内の誰が主体となってどのように推進すべきか、また変革を阻害する3つの壁のうち、ひとつめの「意識の壁」の越え方について解説します。
ミドルアップ起点の活動で“壁”を越える
島野:
ここまで、意識・組織・経営の3つの壁を越えられない原因は、“変革力の不足“と説明してきました。
では、どうすれば変革力を醸成することができるのか、特に負のサイクルに陥っている企業においては、ひとつひとつ壁を乗り越えていく中で変革力を獲得していくアプローチが現実解であると思います。
それぞれの壁を乗り越えるポイントを説明する前に、変革の主体はどこにあるべきかをお伝えできればと思います。
ミドルアップで実効性を高める
島野:
トップダウンの場合、リーダーシップがあれば活動の推進は早いですが、1人のスーパーマンに頼りがちで再現性がありません。また、トップが変わったりリーダーがいなくなったりすると活動が終わってしまうというリスクを抱えており継続性・連続性がありません。
一方でボトムアップの場合、意思決定の階層が多く労力も非常に大きいです。またトップダウンと同じく、一人のリーダーに頼りがちで再現性がありません。継続性・連続性の観点でも、個々の業務改善は進みますが、できることをやって終わってしまいます。
そこで、変革の主体をミドルアップ(部課長層・中間管理職)にすることで、実効性を高めることができるのではないかと考えています。
ミドルアップを起点とした活動を進める場合、経営にお伺いを立てて意思決定を仰ぐのではなく、部課長層中心の活動にすることでキーマンの合意形成を済ませ、経営からの追認を得る進め方にすることで、意思決定のスピードを上げることができます。また、ミドルを起点に壁を越える活動を通じて変革力を獲得することによって、再現性・連続性・継続性を担保することができると考えています。
加えて、ミドルは、これまで大きな成功体験があまりないからこそ、柔軟な視点で物事を捉えることができます。また、ミドルは今後自分自身が経営の中核を担っていくという役割認識があり、過去志向ではなく未来志向で目指す状態を考えることができます。また未来への一定の危機感も持っており、同じような危機感を持つ同志が各組織内に一定数存在しているため、組織を越えた仲間づくりを比較的進めやすいという点があり、これらの点からもミドルを起点に実効性を高めることができると考えています。
経営とミドルが一体となって活動を進める
島野:
ここまで、変革の主体をミドル層と定めてきましたが、山本さんの視点ではどのように見られていますか?
山本:
多くの企業の改善活動はトップの指示が組織階層を下り現場単位まで落ちる構造になっています。組織階層を指示が下るということは、指示を受け取る側の課やチームが見ている範囲は狭くなり視野も狭くなりますので、そこから境界を越えるような大きなアイディアが出てくることはありません。
山本:
そのため、上位階層側でしっかりと目指す姿を検討する必要があります。その際に考慮すべき点として、経営者から見えている会社の姿というのは極めて抽象的なものであり、大企業にもなれば基本的な管理機能だけで業務が数千や数万を超えます。現場として「経営にもっと現場を知って欲しい」という想いを実現するのは難しいのが事実です。
大きな変革を進めたい場合、様々な壁を越え全体のグランドデザインを持って活動を進める必要がありますが、現場を見つつ大きなグランドデザインを描いていこうとするとトップダウンでは限界があります。そのため、経営も関与した状態で現場を代表できる層、つまりミドル層(部課長層・中間管理職)がしっかり動いてくことが、大きな変革を進める際に必須となってきます。大事なことは「ミドルが頑張れ」なのではなくて、経営とミドルが一体となって活動を進めていくことです。
長期的な視点で変革に取り組む
山本:
ですが活動を進めるにあたって、ミドルの変革スキルがボトルネックになることがあります。ミドルアップに課されている仕事は、これまで通りの現場のオペレーションの維持という要素が強く、教育の体系も現場オペレーションを支えている社員や部門メンバーの管理・育成・モチベーションの維持に大きな比重が置かれています。
メンバーの面倒を見ながら足元の業績維持・業績を上げていくことで手いっぱいになっているのが現状で、デジタルやプロジェクトマネジメント、さらに会社のことを知って視座を高くしていくことに対して手が回っていないのが実態だと思います。 企業はこのような点に対して、変革に軸をおいた会社の運営形態に変えていくことが重要になってくると思います。
島野:
変革スキルの育成について、どれくらいの時間がかかるのかを具体例を踏まえて教えていただけますか?
山本:
変革文化が育ち会社の構造全体が経営・ミドル・現場それぞれのレベルで自律的に機能しだすような文化的な変革が成り立つ時間軸は、長期的に見る必要があります。
過去に企業変革を成し遂げた経営者の方々とのお話しですが、皆さん異口同音に、まず初期的な成果が出る(完全ではないけれどなんかちょっと変わってきたと思えるところ)まで2、3年、きちんと会社が変わるのを実感する(文化として根付いてくる)までに4、5年かかると仰っています。
変革が進まない一番の要因は、個々のデジタルの活用や仕組みよりも、人間のスキルが育ち会社の文化や自律性が上がっていくまでの時間軸がかなりかかるためです。人間のスキルが育ち会社の文化や自律性が上がっていくには、人間が変わり、さらに人間同士の関係性が変わっていかなければなりません。
例え、急いで活動を進めても、来年何か成し遂げようと思っても、すぐに効果の出るものではありませんので、皆さんには目線を長く持っていただき、走らなくてもいいのでゆっくりと着実に歩き続ける感覚で活動を進めていただくとよいのかなと思います。
3つの壁を乗り越える方法
島野:
ここからは、3つの壁の状況と重要成功要因について、それぞれの壁を越えて変革力を獲得していくための具体的なアプローチを説明していきます。
意識の壁を越える
島野:
まず意識の壁は、変化への抵抗・不安・あきらめ感などです。そもそも「現状に問題がない」と認識しており、現状を変えなければいけないという意識が薄く、部課長層の意思決定者においても安定志向・事なかれ主義のスタンスが強く、変化に消去的です。このような組織では、改善の声を上げても付いてくる人は少なく、加えて管理職もなかなか動いてくれないという状況になっています。心理的安全性が低く、現場にはあきらめ感の蔓延、変化への抵抗や不安、といった意識の壁が生まれてきます。
このような意識の壁を越えるために重要なのは、課題起点の検討・意思決定を促すシナリオ構築といった点です。まずは、関係者の目線合わせが第一歩となります。
関係者の目線を合わせる
島野:
以下の画像は、とある製造業の情報システム部門の状況をツリー形式で構造化したものです。
島野:
情報システム部門はこれまで守りのITでしたが、経営からのDXの号令により、攻めのITにも対応していくことになりました。ですが、多種多様な課題に対して何から手を付けていけばよいのか部門内で目線が合わず、活動が停滞していました。
さらに、経営や事業部からの指示に対して優先順位を付けられないため、総花的な計画となってしまい、限られたリソースの中で様々な案件をこなさなければならない状況が続き、現場のモチベーションが大きく低下しているという状況が続いていました。
原因の構造を見ていくと、リソース不足やビジネス・業務理解不足、変革意識の不足といった要因が整理されました。結果として、事業インパクトのあるIT施策を提案・実行できない、事業部からの信頼が得られていないという構造になっていました。
さらに原因を深掘りすると、ミッションの計画への落とし込みが不十分である点や機能の不足・配置の不整合といった点が根本原因として整理されました。このレベルまで整理できると目線を合わせやすくなりますが、 “事業や業務に対する理解の不足”というのは、それがゆえに“事業部との連携が不十分”や”低い変革意識、あきらめ感“にもつながり、結果として、現状を変えられないので”リソースの不足“も変わらないといったような相互に関係するという構造もあるので、さらに整理が必要です。
島野:
こちらの情報システム部門では、上図の3つが負のサイクル関係となっていました。
例えばリソース・スキル、変革力の不足を起点にした場合、事業理解の不足からマネジメント・ガバナンスが機能しづらく、事業部の御用聞きになってしまい、個別最適やアーキテクチャの複雑化につながります。さらに、アーキテクチャの複雑化によりシステムの保守・運用負荷が高まり、リソース不足につながるという、負のサイクルがあります。
逆方向で見てみますと、リソース・スキル、変革力不足のため外部に丸投げしてしまうことで個別最適化やアーキテクチャの複雑化が進み、アーキテクチャが複雑なために変えづらい状況となり、マネジメント・ガバナンスが効かなくなってしまうという状況に陥ってしまっていました。
このような負のサイクルになってしまうと、非常に変えづらい状況ではありますが、“このような状態・構造になっている”という現状を関係者と共有することで、何から始めればよいか、どこに重心を置けばよいのか目線を合わせやすくなります。
こちらの製造業の事例では、“変革力の強化”に重心を置いて、事業部に入り込んで事業理解を進める、外部への丸投げをやめて自社主導して変革を進める、という方向性を関係者と決めることができました。 ここでは“できる・できない“よりも、目線を合わせるということが重要です。これまで、あきらめ感や各自の想いが錯綜していて方向性を合わせることができていませんでしたが、結果として優先順位や変革のシナリオについて検討できるようになったという例になっています。
情報の構造化と可視化で事実に基づく議論をする
島野:
山本さんの視点では、意識の壁をどう見られているでしょうか?
山本:
私の専門分野の観点から、意識の壁を越えていく上でのテクニックをお伝えできればと思います。
業務改善やさまざまな変革活動の議論の場で共通して起きていることですが、正しく事実や自社の構造を認識することや、それぞれの仕事の目標や何を目指しているのか・何を目指さなければいけないのか、などについて、情報を整理しない状態で、とりあえず関係者が集まり闇雲に議論をしているケースが少なくありません。
「みんなで集まって話をすれば何かできるだろう」と思われがちですが、見えている範囲や立場の違う人が集まると、ふわっとした賛成にはなりますが、本当の意味でどこが対立論点なのか、どこを本当に解消していかなければならないのか、というところに落ちないまま議論が進んでしまうのが現実です。
意識の壁を越えるための前段階の準備として、様々な情報の構造化や自社の構造の可視化をする必要があります。ビジネスプロセスマネジメントは、そのためにあるような方法論です。
山本:
例えば、皆さんの会社の中にはどれだけの仕事がどういう関係性で成り立っているのか俯瞰できていますか?ビジネスプロセスは、様々な構成要素がその中にありますが、どのように連なっているのか説明できる状態になっていますか?
関係者が自分の業務のことを説明できるだけではなく、他人の業務を理解できる状態になって、はじめてお互い分かり合った上で議論ができます。実態を把握せずに議論をしても時間の無駄ですので、事前に自社の構造を可視化しお互いに理解できる状態にしておくことが、壁を越えるためのポイントになると思います。
もう1点、ビジネスを見る時に、経営層は事業単位や業務機能単位の大きな視点、ミドルはそこからもう少し細かい単位で、そして現場は本当に細かい一つひとつの詳細ステップで見ています。この三者が議論する場合、しっかり情報を階層化し広く俯瞰して見る局面が必要な場合もあれば、部分的に焦点を合わせて細かく見ていくことが必要な場面もあります。普段見ている対象が異なる人たちは使っている言葉も異なるため、情報を階層化して分かりやすくしておくことが必要です。
山本:
昨今、組織はフラットにして皆が対等な立場で機動的に動けるようにしよう、という流れがあると思いますが、皆がフラットな関係で同じものを見て動いていくにためは、情報をしっかり階層化させ、それぞれのレイヤーの理解度に応じて議論できるような状況になっている必要があると思います
このような階層モデルは、日本ではまだ汎用的に語られることが少ないですが、海外の企業変革の本ではたくさん出てきます。こういったものを積極的に活用していくことも、意識の壁を越えるポイントになるのではないかと思います。
次回は、3つの壁を越えて企業変革を実現するための、残りの2つの壁の越え方について解説します。
CLOVER編集部員。メディアの立ち上げから携わり、現在は運営と運用・管理を担当。SIerでSE、社会教育団体で出版・編集業務を経験し、現在はLTSマーケティングGに所属。趣味は自然観賞、旅行、グルメ、和装。(2021年6月時点)