本書の第二章では、苦情が絶えない外部委託ベンダーの「低品質」に悩むISP(インターネット・サービス・プロバイダー)を取り上げています。「第二章 プロセス本来の姿を明らかにし、問題を解決する」を抜粋して紹介します。
ビジネスプロセスには、それぞれに異なる目標がある
見えているのは担当範囲だけ
このような問題が長い間解決されなかった原因の一つは、LTN社の社員の誰もが、代理店支援プロセス全体の構造をしっかり把握していなかったことです。センターの業務のあり方を考えるにはセンターだけでなく、ユーザーサポート部、さらには営業部や営業所の業務も理解する必要があります。そのうえで、組織を横断してまたがるプロセスを先ほどのように業務フローで表記してみれば、幾つかの問題に関してはその構造をすぐに理解できたはずです。
ところが、どの部門も見えているのは自分たちが担当している範囲だけでした。センターはベンダーの運営ということもあり、LTN社の代理店支援プロセスを俯瞰する立場にはいません。営業部は自部門のことしかわからず、センターの品質が悪い(と代理店から言われる)原因はユーザーサポート部の怠慢だと思っていました。ユーザーサポート部に至っては、現場のことはセンター任せでわからず、逆にセンター以外の代理店支援プロセスは営業部の管轄でよくわかっていませんでした。これではセンターの評判が悪いと言われても仮説すら立案できないのは当然です。
このような問題の構造がわかってくると、担当である青木さんに変化が現れました。プロジェクト開始前はベンダーへの不満の言葉が多かった青木さんですが、問題はむしろ自社の組織間の連携にあることがわかると、ベンダーではなく社内の関係者を積極的に巻き込むようになったのです。
原因の理解が進むことによって、いくつかの問題については対策を立てることができるようになりました。例えば新しいサービスやキャンペーンの情報提供の遅れについては「キャンペーン開始の14日前までに確実にセンターに情報を届ける、そのタイミングで情報が来ていない場合はセンター側から問い合わせる」「毎週の定例会議で翌月からの新たなサービスやキャンペーンについて確認する」といった仕組みを作れば解決しそうです。
しかし、それらはまだ表面的な問題解決です。そもそもなぜユーザーサポート部は代理店支援センターの問題を自律的に解決することができなかったのでしょうか。ビジネスプロセスの構造の理解不足だけではこれは説明できません。
コスト効率か加入者獲得数か
あるときのヒアリングで、営業部の参加者がこのような発言をしました。
「そもそも低コストで、標準化された運営を行うことがミッションのユーザーサポート部に、コストをかけてでも柔軟な働きが求められる代理店支援センターの運営を任せていることに無理がある」
これはとても本質をついた発言です。このような問題を生んだ二つ目の原因は、そもそも営業部とユーザーサポート部で、部門のミッションが異なっていたためだったのです。部門のミッションは、その部門が担当しているビジネスプロセスに紐づきます。これを理解するために、まずはLTN社のビジネスプロセスの全体像を俯瞰してみましょう(図)。LTN社には大きく五つのプロセスがありますが、この中で事業そのものの推進を担うプロセスは三つです。
「サービスマネジメントプロセス」はISP事業の根幹を成すプロセスで、インターネット接続サービスを設計し、ネットワークインフラに実装し、お客様にサービスを提供するプロセスです。「ユーザー獲得プロセス」は営業戦略を立案し、代理店を開拓し、代理店を支援することで、自社のインターネット接続サービスへの加入者(ユーザー)を増やすプロセスです。「ユーザーサポートプロセス」は加入者の加入手続きを行い、サービス利用上の不明点や問題に対応するとともに、住所変更やサービスの解約、オプションサービスの申し込み対応といった加入者への付帯サービス全般の手続きを担います。この三つのプロセスの中でも今回は「ユーザー獲得プロセス」「ユーザーサポートプロセス」が問題の舞台でした。
この二つのプロセスを、プロセスを構成するより細かいプロセス(サブプロセス)に分解したうえで、二つの部門の役割分担をかぶせたものが下の図です。ユーザー獲得プロセスに属するさまざまなサブプロセスのうち、代理店問い合わせ対応、つまり代理店支援センターだけがユーザーサポート部の担当となっています。
ビジネスプロセスには、それぞれに異なる目標があり、プロセスを管理する指標もこれに沿って設定されている必要があります。このような管理指標は一般にKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)と言われ、プロセスを評価し、変革する際の拠り所になります。
ユーザーサポートプロセスの主要KPIは「コスト効率」です。ユーザーサポート部門の主な業務は代理店支援ではなく、何十万人にもなるインターネット接続サービス加入者のサポートですから、日々の問い合わせには効率的に対応する必要があります。加入者に柔軟に対応しすぎることはコスト増となるだけでなく、加入者間の不公平を生むことになりかねません。コストがKPIであれば、極力シンプルなプロセスに必要最低限のリソースを割り当てることが原則です。
しかし、代理店支援センターが担当する「代理店問い合わせ対応」はユーザー獲得プロセスに属するプロセスです。ユーザー獲得プロセス全体の最も大切なKPIは「新規加入者獲得数」です。これを実現するためには、自社に加入希望者を誘導してくれる代理店の満足度が大切になりますから、副次的なKPI(サブKPI)として「代理店満足度」も設定されています。代理店支援センターが意識すべきKPIは、この代理店満足度です。相手は会社ですから、代理店の満足度を高く保つためにはユーザー(消費者)への対応以上に、相手に合わせた柔軟な対応が必要になります。
代理店支援センターのKPIは本来、ユーザー獲得プロセスの目標の構造に沿って決められるべきでした。しかし、ユーザーサポート部はこのことをしっかり理解しておらず、自分たちが主に運営しているユーザーサポートプロセスの目標である「コスト効率」を念頭に、硬直的な代理店支援センターの運営を行っていたのです。これが、今回起きていたさまざまな問題の大きな原因でした。
プロセス目標の齟齬が決定的影響
プロセスの目標に対する考え方の違いは、センターの運営に決定的な影響を及ぼします。一般にどのようなコンタクトセンターでも、応答率は大切な管理指標です。応答率はかかってきた問い合わせの電話にどれくらいの割合で対応できたかを示す指標で、「%」で表されます。(正確に言えば、応対できるまでの待ち時間も加味して「XX秒以内にXX%の着信に対応する」という形で定義します。コンタクトセンターではこれを「サービスレベル」と呼び、「割合/秒数」で示します。目標のサービスレベルが「80/20」であれば20秒以内に80%の着信に対応することがセンターの目標ということになります。)
応答率は高いに越したことはないですが、高い応答率を維持すればセンター運営は非効率になります。すべての電話に間違いなく対応できる、つまり応答率が100%のセンターを構築しようとすれば無駄を覚悟でかなりの数のオペレータを待機させなくてはならないからです。ユーザーサポート部が担当しているユーザー(加入者)サポートでは、すべてのお客様からの電話に迅速に対応できるほどの人員は割り当ててはいません。電話の着信には波があり、過去のデータを基に80〜90%程度の電話に対応できる配置となっています。これは一般的なレベルの応答率で、ユーザーサポート部は代理店支援センターもこれと同じ目標設定で十分だと考えていました。
ところが、営業部や代理店はこのレベルの応答率では不満です。代理店が問い合わせをしてくるときとは、加入希望のお客様に応対しているときであることがほとんどです。代理店は目の前にお客様を待たせているわけで、つながらないどころか、数十秒待たされるだけでもイライラします。このとき迅速に応答できなければ、お客様は他社のサービスに流れてしまうかもしれません。
社内連携の歪みを最も受けていた
ISPのビジネスでは、一度他社に奪われたお客様を再獲得することは簡単ではありません。(お客様からすると、ISPを変更してしまうとこれまで使っていたメールアドレスが変更になるなど、大きな手間を伴うため、一度加入したISPを変更しない傾向にあります。私も社会人になってから同じISPをもう20年以上使っています。)
ですから、営業部の立場からすれば多少コストをかけてでも、一人のお客様も逃したくないのです。これについて営業部とユーザーサポート部は何度か話し合いを持ちましたが、加入者獲得数がKPIの営業部と、コスト効率がKPIのユーザーサポート部の議論は常に平行線のままでした。(定額プランが標準のネットワークサービスではお客様満足度を高めても必ずしも収益につながりません。必然的にかけられるサポートコストにも限界があります。これがユーザーサポート部がコストにこだわる大きな理由です。)
応答率のほかにも誤った運用がされている指標がありました。平均処理時間(Average Handle Time:AHT)とは、通話時間に通話後の後処理を含めた一件当たりの処理時間の平均値のことで、コンタクトセンターの指標の中でも、よく使われるものの一つです。問い合わせ一件当たりの対応時間を短くすれば、センターをより効率的に運営できるため、平均処理時間をKPIとして目標値を設けているセンターもあります。ただ、過度に平均処理時間の数値を気にすると必要な説明を省略してしまうなど不適切な応対を生んでしまうこともあります。
LTN社ではまさにこのような事態が起きていました。ISPのサービスは年々複雑化しており、問い合わせへの説明も自然と長くなる傾向にあります。しかし、コストを気にするユーザーサポート部は平均処理時間の推移に目を光らせ、増加傾向にある処理時間を応対の品質低下と考えて責める人もいたのです。
平均処理時間それ自体はどのようなセンターにとっても大切な情報です。電話の件数予測(呼量予測)に基づいて人員計画を策定するために必須だからです。しかし、平均処理時間自体をKPIとして改善対象とするのか、あくまでもセンター運営上のインプット情報として扱うのかでは、その運用の考え方は決定的に異なります。この場合、本来は代理店満足度が重要である代理店支援センターにおいて、平均処理時間の長短をことさらに問題視することは、適切ではありませんでした。
このようなプロセス全体の構造と目標の分析により、今回の問題の全体像が見えました。これまでセンターの評判が悪かったのは、センターの運営品質が低いためというよりは、LTN社の代理店支援プロセスの運営体制全体に歪みがあったためです。センターは組織間の連携の歪みを最も受ける部分で、代理店からはセンターの応対ばかりが悪いように見えていたのでした。
【編注】 「ビジネスプロセスの教科書~共感とデジタルが導く新時代のビジネスアーキテクチャ」ではこの後、LTN社が課題を克服するために、代理店支援センターの不信感を解き、社内コミュニケーションを活性化、経営層や営業部とともに解決方針を考え実現した方法論を詳述しています。
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