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プロセス変革・業務改革

ビジネスアジリティとは何か~まとめ~(前編) ビジネスアジリティが必須になる時代へ⑮

このコラムは、株式会社エル・ティー・エスのLTSコラムとして2019年4月から連載を開始した記事を移設したものです。

当コラムの最新の内容は、書籍『Business Agility これからの企業に求められる「変化に適応する力」(プレジデント社、2021年1月19日)』でご紹介しております。

ライター

山本 政樹(LTS 執行役員)

アクセンチュア、フリーコンサルタントを経てLTSに入社。ビジネスプロセス変革案件を手掛け、ビジネスプロセスマネジメント及びビジネスアナリシスの手法や人材育成に関する啓蒙活動に注力している。近年、組織能力「ビジネスアジリティ」の研究家としても活動している。(2021年6月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

こんにちは、LTSの山本政樹です。ビジネスアジリティのコラムシリーズ、とうとう最後となります。最終回まとめ前半は、ビジネスアジリティを巡る世界の動向をおさらいしつつ、これからの社会を生きる心構えを考えてみたいと思います。

ビジネスアジリティをめぐる世界の動向

このコラムで紹介してきたさまざまなビジネスアジリティの要素は、私がさまざまな企業経営関連のコミュニティで学んだものを、自分自身の経験や知見も踏まえて再構成したものです。第3回から第14回までのテーマを見ると「事業戦略」「ビジネスアーキテクチャ」「ソリューションの活用」「組織」「リーダーシップ」と企業経営のあらゆる領域にわたっています。このコラムシリーズを読んで、ビジネスアジリティをより詳しく知りたいという方が増えるのであれば、筆者としてはこの上ない喜びです。しかし、このコラムではビジネスアジリティの世界のほんの一部しか紹介できていません。もしもっと詳しく知りたいという人がいたらどのような場でこれを学ぶことができるのでしょうか。

ビジネスアジリティを議論する三つのコミュニティ

第1回で紹介したように、海外では既にビジネスアジリティを議論するコミュニティが立ち上がっています。しかし、どのコミュニティも先ほど紹介したようなアジリティの広い領域の全てをカバーするコミュニティとまではなっていません。それぞれのコミュニティにその起源となる特定の分野があり、そこを中心とした議論となっています。ですからビジネスアジリティを知ろうとすれば、その関心事に応じて適切なコミュニティに参加することが必要となりますが、その際の選択肢となるコミュニティにはどのようなものがあるのでしょうか。

私は世界でビジネスアジリティを議論するコミュニティは大きく三つに分類できると考えています。一つは、マネジメント(経営)関連のコミュニティで、経営学を専門とする大学教授やコンサルタントが中心です。ここではイノベーションの創出を可能にする企業経営の在り方が最も議論されるテーマで、このためにコラムの第3回(事業戦略)で触れたような、少数精鋭の自律組織で実験的な取り組みを推進することの必要性などが説かれています。“両利きの経営”といったキーワードが分かりやすい例でしょう。私が第3回のコラムを書いた時に意識したのがこのコミュニティの議論です。

二つ目のコミュニティはアジャイル開発関連のコミュニティです。ここではエンジニアリングの視点から、アジリティ向上のためのデジタル技術の活用や、迅速なソフトウェア開発の在り方が議論されています。私が主に所属するのもこのコミュニティで、“クラウド”、“スクラム”、“クロスファンクショナルチーム”といったキーワードはこのコミュニティの議論です。私が第4回第5回第6回のアーキテクチャの回と第7回第8回のソリューションの回のコラムを書いた時に意識したのがこのコミュニティの議論です。

そして三つ目が組織人材関連のコミュニティです。アジャイル開発コミュニティが業務やソフトウェアといった“ハードな”仕組みの変革方法論の議論が中心なのに対して、こちらは組織文化や人の意識を変えるための“ソフトな”方法論の議論が中心です。前回登場した“ティール”や“ホラクラシー”はもちろん、“学習する組織(ラーニングオーガニゼーション)”、“U理論”といったテーマはこのコミュニティに属します。アジャイル開発コミュニティでも人や組織の在り方は主要な関心事項なのですが、やはり「餅は餅屋」というべきか、この組織人材関連のコミュニティほどに深い議論とはなっていない印象です。私が第9回第10回第11回第12回の組織の回、第13回第14回のリーダーシップの回のコラムを書いた時に意識したのがこのコミュニティの議論です。

なお、この全てのコミュニティで “Autonomy”という言葉が飛び交うわけですが、日本語だとこれが「自立」ないし「自律」となります。この二つの言葉の境界は曖昧ですが、「自立」は“自立支援”という言葉のように、“社会の中で自分の力で生きていける”というようなニュアンスがあります。一方、自律は機械においても“自律制御”といった言葉があるように、“単独で正しい状況判断ができ、行動できる”といったニュアンスがあります。アジリティの文脈では一般的に「自律」が当てられることが多いので、このコラムシリーズでもこちらを採用しています。

【ビジネスアジリティの三つの主なコミュニティ】

皆さんが何かビジネスアジリティについて深く学びたいと考える際には、その関心事に基づいてまず三つのコミュニティからどれか一つを選ぶと良いと思います。そして、徐々に他のコミュニティにも参加し、議論の幅を広げていけると良いと思います。

海外のビジネスアジリティ啓蒙団体の活動

先ほど「海外では既にビジネスアジリティを議論するコミュニティが立ち上がっている」と説明しましたが、こちらも少し紹介しておきましょう。「ビジネスアジリティ」という概念の啓蒙団体としてはイギリスを拠点としている「Agile Business Consortium(ABC)」と、オーストラリアを拠点としている「Business Agility Institute(BAI)」という二つの団体が有名です(とはいえBAIの活動は北米が中心のようですが)。二つの団体は協力関係にあり、所属しているメンバーもかなり重複しているようです。

私は昨年から今年にかけて、この二つの団体のカンファレンスに参加させてもらいました。どちらの団体もカンファレンス自体は年間を通じて複数回、開催していますが、私が参加したのはそれらの中で最も規模が大きい“フラッグシップ”的なカンファレンスです。ABC最大のカンファレンスは「Agile Business Conference」で例年9月にロンドンで開催されています。昨年(2019年)、私は直接ロンドンでこのカンファレンスに参加しました。どちらのカンファレンスも、運営している人の主体はアジャイルコーチと言われる人達です。アジャイル開発手法の普及と共に認知されるようになった役割ですが、こう紹介するとアジャイル開発方法論を紹介・導入するコンサルタントのような役割だと思われるかもしれません。確かにそれらがアジャイルコーチの役割の一つであることは間違いないのですが、アジャイルコーチの主な役割はアジャイル開発を成功させるチームの育成です。アジャイルチームは、第9回のコラムで紹介したようなネットワーク型の自律した個が連携する組織です。人々がこのような振る舞いに変容するために、外部からさまざまなアドバイスやコーチングを行うのがアジャイルコーチの役割です。
私はこのとき、カンファレンスは初参加で、アジャイルコーチと言われる人々も本では読んだことがあっても実際に話したことははじめてでした。ビジネスアジリティ自体も学びはじめたばかりの初心者だったわけですが、運営メンバーの方は皆とても親切で、初歩的な質問にも(かつ、つたない英語にも)親身に対応してくれました。さすがコーチングを生業とする人たちだな、と感心したものです。

またもう一方のBAIが主催するカンファレンスで私が参加したのが「Business Agility Conference」で、例年3月にニューヨークで開催されています。ただ2020年のカンファレンスは、新型コロナウイルスが急激に拡大している時期で、私は渡米を断念せざるを得ませんでした。しかし、カンファレンス自体は開催されており、主催者は急ぎオンラインでの参加環境を整えてくれたため、日本から参加することが可能になりました。ただ、日本とNYの13時間の時差はこたえましたが・・・。

【Agile Business Conference(9月@ロンドン)の風景】

この二つのカンファレンスは運営方式もテーマもよく似ています。二つの団体は競っているわけではなく、ヨーロッパとオーストラリアや北米といった異なる市場で、啓蒙活動を分担しているような関係だと言えます。ABCもBAIも、このコラムの冒頭で説明した分類だと「アジャイル開発関連のコミュニティ」に当たり、特にABCはアジャイル開発の方法論(DSDM)や資格試験(今はやっていないようですが)を提供しており、私は当初、カンファレンスも技術や方法論の色合いが強いものだと思っていました。しかし実際のプログラムはどちらも「ビジネスアジリティを実現する人材の在り方」とか「チームから階層を取り除いてフラット化させた経験談」というように、組織や人の在り方に関する議論が主体で驚きました。ですから「組織人材関連のコミュニティ」の要素もあります。一方で、戦略やイノベーション、創造的な議論は、それら二つのコミュニティの視点ほどは強くはないようです。この二つの団体がその視点を持っていないというわけではなく、意識はしているが現行のメンバーの専門性だとまだその領域で成熟した議論をできるほど、組織が育っていないという印象です。

カンファレンス規模はどちらもまだ300人程度でした。海外のビジネスカンファレンスは1000人級から、巨大なものになると数万人となることを考えると、まだまだ海外においても決して大きなコミュニティに育っているわけではありません。ただ、その注目度は高まっておりメンバーも増えているとのことでした。

日本でのビジネスアジリティのコミュニティの形成はこれから

現在、日本においては「ビジネスアジリティ」というキーワード自体が十分に認知されているわけではありません。必然的にこれを語るコミュニティの形成もこれからです。もちろん、明示的にビジネスアジリティという言葉は使われていなくても、変化への適応というテーマ自体は日本でも重要な関心事で、経営、テクノロジー、人事や経理といった各業務機能領域の各所で、これに関する議論はされています。しかし、議論の場が細分化してしまっていて、経営全体としてのアジリティの在り方を深める議論にはいたっていません。
また多くのコミュニティで「変化への即応」を議論しようとすると強い経営のリーダーシップが議論の中心になるようです。「経営者がリーダーとなって、社員を率いて、変革を進めていくのだ」というような論調です。これを一概に否定するものではありませんが、第9回の組織の回で解説したように、ビジネスアジリティの主流の考え方では特定の優れた個人の能力に依存した即断即決の経営手法は、真のアジリティとは異なるものだと考えられています。結局のところ、ビジネスアジリティの中心の論点はいかに一人ひとりの個人が“自律した個”に変容していくかです。もちろん、組織がこのような個人を生み出すために変容するには強いリーダーシップが必要な局面もありますが、それはあくまでもその過程における一時的な姿で、ゴールではありません。
今のところ、この特定の強い個人に依存しない組織形態の議論はまだ組織人材系のコミュニティの外にあまり出ていません。その意味で「経営のリーダーシップ」ばかりが強調される日本のビジネスカンファレンスの議論は、ここまで見てきたようなビジネスアジリティの姿とは少しベクトルの異なる議論をしているように見えます。どちらかの議論が一方的に正解だということはないかもしれません。しかし、多面的な見方からバランスのとれた議論をしていくためには、やはり領域を横断した連携を形作っていく必要性を感じます。

海外のコミュニティを見る限り、もともとはアジャイル開発関連のコミュニティがその関心事を広げ、さまざまな議論を取り込もうとすることでコミュニティの形成を計っているようです。日本では「アジャイル」「アジリティ」というと、まだシステム開発周辺の話題に終始する印象があります。しかし、日本でアジャイル開発のコミュニティの人々と議論しても、議論がシステム開発周辺に閉じている限り、真の意味での「アジャイル」な組織運営にはならないということで盛り上がります。どのようなコミュニティが母体になっても良いのですが、日本でももう少し関心事を広くとって、ビジネスアジリティを議論できる場が育つことを願っています。

このコラムシリーズまとめの後編では、私自身が一連のシリーズを書いていく中で感じたことや、今後の企業経営に必要だと感じた姿勢をお話したいと思います。